2. 強気
曲が変わり、別の男女数組がダンスを披露し始めた頃、佑はようやく自分の席へと戻ってきた。
竜樹はレナードとカイルの方へ行き、早速三人で談笑を始めている。会話の内容は知れないが、同年代の三人は本当に仲が良く楽しそうだ。
遠目にその様子を眺めながら、佑はダンスで少し乱れた髪をそっと撫で付けた。
「評判は上々だぞ、タスク」
ポンと肩を叩かれ顔を上げると、ライオネルがニコニコしながら隣の席に座ってきた。
「上々ですか。それは良かった」
「教育施設の話もそうだが、ダンスもなかなかじゃないか」
「あぁ、あれは紗良と昔特訓したんですよ。こんなところで活かせるなんて思ってなくて。だから、偶々です」
「偶々でもいいさ。それに、リュウも良い感じで注目を浴びてる。私の息子達に似てるんじゃないかと何度か尋ねられたよ。親戚だと話した。嘘じゃないからな」
人々の視線はダンスの方を向いていて、佑達の周りには殆ど人がいないのを良いことに、ライオネルは気を抜いて話しかけてくる。
ライオネルとは、すっかり気の置けない仲になった。
生涯で、きっとライオネル以上に何でも話せる人間には出会うことはないだろうと思うくらいに、佑はライオネルに全幅の信頼を置いていた。
「ライオネルの機転が上手く効いてるんですよ。頭、良いですよね。一人でガンガン行くタイプなのにどうして補佐役が必要なんだと突っ込まれると、なかなか答えに窮します」
「まあまあ、そう言うなタスク。私がお前を買っているのは本当だ。――ところで、アラガルド王家の方々にも挨拶していたようだが、どうだった?」
「ジョセフが、離宮を貸してくれるそうです。かなり前のめりです。他の皆さんも、良い人達ですよ」
「シーラも?」
「彼女は、二人の息子が可愛いだけです。 子どもの為ならなんでもするなんて、実に人間らしいじゃないですか」
佑はそう言って、メインテーブルの方に目を向けた。
シーラはツンとしているように見えるが、どこかイアンに向けられる冷たい目から彼を守るようでもある。
「宰相アーネストは? 何か感じた?」
「……そうですね。まぁ、多分……同胞です」
ライオネルはピクリと眉尻を動かし、佑の顔を覗き見た。
「けど、だとしたら俺達の勝ちです」
「随分強気だな。タスクにしては珍しい」
「そのくらいの気持ちじゃないと、ここにはいられませんよ。で、ライオネルの方はどうなんです? あちこちの国の人達に話、したんですよね」
「当然。お前の売り込みと一緒にやりまくった。概ね賛成意見が多い。貴族中心の政治を貫くアラガルド王国が傾いてきているのを見ているからな。ジョセフの許しが出たなら、あとは私の仕事だ。今晩中に手回しして、明日の朝には会合を開ける」
「流石はガリム公国大公殿下。仕事が早いですね」
「当然だ。政治は一刻を争う。躊躇していたら、それだけで取り返しの付かないことになることも多いからな」
ガリム公国テッセの――……あの賑わいを見れば、ライオネルが如何に素晴らしい政治手腕を発揮しているのか想像に難くない。兵士達も大公一家を敬い、従順で、規律が取れていた。
公国の衛兵がトゥーリアの森の隅々にまで気を配っていたのは、森を囲うように広がる公国の領地にとって、決して無視出来ない場所であるからだそうだが、抜け道に点在する小屋の備品にまで気を配る当たり、政治に人柄が出ている気がしてならない。
抜け道を通る人間は限られている。その僅かな人達のために、公国は兵を出して頻繁に見回りまでしているという話を聞いた。
その小さな心配りが国に人を呼び込み発展させていくことを、ライオネルは天性の感覚で知っているのだろうか。
――と、視界の隅っこに、黒いドレスの女性と背の高い凜とした男がダンスを踊っているのが見えた。
「あの二人」
レニとリディア。二人照れくさそうにしながら、楽しそうに踊っている。
「相手は薬師のレニか。やるな」
ライオネルもニヤリと笑って二人を見守った。
「命の恩人だそうですよ、レニは。年の差カップルに見えますね」
「見た目とは真逆の年齢差だがな」
「ですね」
佑は二人の関係性が好きなのだ。通じ合っているというか、信頼し合っているというか。
仮の姿ではあるけれど、リディアが幸せそうで、その手を握るレニも優しそうで。
「あのまま結婚しちゃえば良いんですよ。好き同士なんだから」
思わず言うと、ライオネルは吹き出して、しばらく腹を抱えていた。
*
すっかり夜も更け、晩餐会も終わりに近付いてくる。
佑はライオネルに連れられ、あちこちのテーブルに挨拶して回った。
エクシア王やエドウィンも良い拡声器になったのか、既に教育施設の話はあちこちに行き渡っていた。
「大公殿下は良い右腕をお持ちだ」
「後妻には是非うちの娘を」
佑のダンスも評判だったらしく、やたらと縁談を持ちかけられたのは困りものだったのだが、それでも話の繋ぎとしては最適だったように思う。
「明日の朝までに正式なご案内を差し上げますので、是非お集まり頂ければ」
精霊祭の儀式は午後から。
午前中は各々観光や城下町での催しを楽しむのが習わしだが、そこに会議を当て込むことにしたのだから、大抵の貴族や王族は身体が空いているはずだ。
――少しずつ賓客達が帰宅の途につき始め、会場が広く感じられるようになってきた頃、居合わせた貴族達と楽しく会話していた佑達の元へ、黒い影が迫ってきた。
「困りますなぁ、ライオネル大公殿下。こういうことをなさるときは、まず私を通してくださらないと」
アーネストだ。
目を細め、怒りを湛えてやって来た彼に、貴族達は皆口を閉じた。
「これはこれはアーネスト宰相閣下。この良き日にどうなさいました」
ライオネルはクルッと振り返り、素知らぬふりをしてわざと声のトーンを上げた。
「ははっ。どうなさったとは。ご自分の胸に聞いてみればよろしかろう。私の知らぬ間にコソコソと手を回し、何の悪巧みをなさっているのかと聞いているのですよ」
想定内の事態に、佑もライオネルも笑うしかなかったが、グッと耐えた。
二人、目配せしてやっぱりなと頷き合う。
大きな声で迫るアーネストに、周囲はしんと静まりかえり、重々しい空気が急激に会場を支配していった。




