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君の世界を巡る旅  作者: 天崎 剣
【14】ルミールのために

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1. ダンス

 果たして――、上手く誤魔化せたのかどうか。

 アーネストの元から離れた途端、身体中からどっと汗が吹き出した。汗をハンカチで拭きつつ、佑はふうと息をついた。


「父さん、結構……やるんだね」


 竜樹がコソコソ耳打ちしてくるので、佑は驚いて目を瞬かせた。


「いや、そうでもない。ビクビクしてた。流石は宰相閣下だな」

「見た目、普通の外国人だったけど」

「ああ。ここの人達と同じ、白人だ」


 彫りが深く、鼻が高かった。肩幅も広く、佑がこぢんまりとして見えた。

 日本じゃない別の国……、恐らくは欧米のどこかからやって来たと見て間違いない。

 気迫が凄まじかった。

 一応はまともな会話に聞こえるくらいのやり取りは出来たのだが、誤魔化しに終始したと言われても仕方がない出来だった。


「ルミールに紛れて約三十年……か」


 決して越えることの出来ない、経験という分厚い壁に阻まれそうになる。……が。


「俺だって、伊達に社会で揉まれてない。勝つしかない」


 佑は自分にしか聞こえないよう、小さな声で呟いた。


「ねぇ父さん、楽器」

「楽器?」


 入口の方から楽器を抱えた一団が入室し、壁際に並べられた椅子に次々座っていくのが見えた。弦楽器――バイオリンのような楽器やフルートに似た横笛も見える。

 シンプルなドレスやスーツ姿の一団は、軽く音出しをしたあと、優美な音楽を奏で始めた。


「へぇ、生演奏だ。そういえば久しく聴いてないな」

「去年の春だっけ、母さんとコンサート行ったの」


 紗良は流行りの音楽よりクラシックが好きだった。近隣のホールで開催されるコンサートには、親子揃って行くのが曽根崎家の日常だった。

 思春期に入って親との外出に消極的だった竜樹も、拒みはしなかった。母が幸せそうに音楽に浸るのを、近くで見ていたかったのかも知れなかった。

 ゆったりとした調べに足を止めて聴き入っていると、ふと一人の女性がススッと佑のそばに寄ってくる。

 歳の頃は二十代後半くらいの見目麗しい女性で、長くウェーブのかかった金髪を揺らしながら、佑の前でカーテシーをしてきた。


「ソルザック侯爵様でらっしゃいますね。わたくしはアラガルド王国の法相フレインの三女ジェニファー。アーネスト宰相閣下に、とても素敵な殿方が居らっしゃるから、是非一緒に踊ってみてはとご紹介頂いたの。お相手をしてくださる?」


 手を差し出され、佑は目を丸くした。

 アーネストの行動の意味が分からない。

 ジェニファーの後方に、したり顔のアーネストが見え、何となくその意図を察した。

 もしかして……、試されているのだろうか。

 佑を偽侯爵と仮定して、貴族でないならダンスなぞ出来ないだろう、まして異世界から来たのなら……とでも思っているのか。

 知らぬ間に、佑とジェニファーの周囲からは竜樹しかいなくなっていた。

 会場のあちこちで踊り出す男女が散見される中、にこやかに差し出された手を払うことなど、絶対に出来ない。


「父さん……、ダンスなんて」


 竜樹が心配そうに声をかけてくる。

 ゴクリと、佑は唾を飲んだ。


「大丈夫、何とかなる。……多分」


 佑は竜樹に言い放って、ジェニファーの前へと進み出た。


「ご指名ありがとうございます、ジェニファー様。不肖私めがお相手させて頂くこと、身に余る光栄と存じます」


 慣れない言い回しをして、ジェニファーにそっと手を伸ばす。


「では、踊りましょう、侯爵様」


 眉をツンと上げ、まるで佑をからかうように笑って、ジェニファーは佑の手を取った。


「かなり……久々ですので、お手柔らかにお願いします」


 佑も小さく笑った。

 ダンスなんて――することになるとは全く思っていなくて。

 記憶の中にある感覚を呼び覚ますのに、時間がかかった。

 確か……、互いの身体を引き寄せて密着させ、女性のドレスが美しく舞うように、左右に優しく揺れて……。


「久々? 侯爵様はこういう場で踊ることはございませんの?」

「田舎侯爵ですから、そもそもこういう場に馴染みがなくて……」


 ヒールの高さも合わさって、ジェニファーは佑より幾分か背が高くなっていた。

 ジェニファーはふぅんと鼻で笑い、佑を見下してきた。


「ぎこちない。侯爵様、ダンスは苦手?」

「得意ではないですけど……、嫌いではないです。若い頃、死んだ妻とよく踊りました」


 懐かしい感覚だった。

 手を取り合い、二人っきりでダンスの練習をしたのだ。






 ◇






『……あっ、また足んだ。ごめん』

『大丈夫、もう一回』


 公民館のホールを借りて、佑は紗良とダンスの特訓をしていた。

 もうすぐ結婚式。そこでサプライズ的にダンスを披露しようと言い出したのは紗良だった。


『足が変になりそう。紗良は凄いな。こういうのも得意なんだ?』

『ううん。得意って訳じゃないけど。……夢、だったから』

『夢?』

『素敵な王子様とダンスを踊るの。女の子なら、誰でも一度はそういう夢を見るのよ?』


 顔を真っ赤にする紗良に、佑は頬を綻ばせた。


『けけ結婚式には、佑のお母様もいらっしゃるし、佑がお仕事でお世話になってる方々も……、大家さん、手芸屋さん、お得意さん達も呼んじゃったし……。すす素敵な、結婚式に……したいじゃない』

『可愛いね。紗良はそういうの、好きだもんね』

『佑は……、嫌い?』

『いいや。苦手だけど楽しいよ。紗良との距離も近いし、ゆったりした気持ちにもなるしね』

『……うん』


 そうやって、何日も何日も、仕事が終わってから暗くなるまでずっとずっと、練習を――……。






 ◇






 紗良のことを思い出しながら、佑は軽快にステップを踏んだ。

 次第に足が感覚を取り戻し、上手にジェニファーをリード出来るようになっていく。

 どうしてここで一緒に踊っているのが紗良じゃないんだろうと、ふとそんな考えが頭を過った。

 自分達が結婚披露パーティーを開いたのは、結婚式場の一番小さなホールだった。招待客も最小限で、ドレスコードも緩くして、軽食と少しの手土産だけ用意するのが精一杯で。

 新郎新婦の衣装だって、白と色ドレスの二種類が限界だった。

 本来ならば、紗良は王女で、共に踊るジェニファーよりも格段に美しいドレスを身につけていられただろうし、たくさんの宝石が彼女の美しさを引き立てていただろう。


 ルミール(ここ)に来て、何度も何度も思いが巡る。

 “何故”“どうして”――その度に、その原因たる顔も知らぬ宰相アーネストという人間を恨み、苦しんできた。

 今、こうして対峙して、やはり恐ろしい相手だと佑は思う。

 しかし、だからと言って――……、平穏な日々を奪った相手に易々と負けるわけにはいかない。彼が佑の正体を疑うならば、その疑いを払拭させるくらいに、侯爵を演じて見せなければ。

 それが、明日の精霊祭でアーネストの所業を止めるための第一歩となるのだから――!!


「こ、侯爵様、足取りがどんどん軽くなって……。ほ、本当に久しぶりですの?」

「ええ。踊りづらかったら仰ってくださいね」


 ジェニファーとのダンスは、難なく終わった。

 軽く例を交わした別れ際、ジェニファーの顔は最初とは打って変わって、柔らかいものになっていた。


「あんなに踊れるなんて思ってなかった。いつ練習したの?」


 汗を拭いながら戻っていくと、竜樹は興奮気味に訊ねてきた。


「結婚する前に……ちょっとね。紗良のお陰で助かったよ」


 会場のあちこちから拍手が湧いていたが、それが自分に向けられているとは、佑は思ってもみなかった。

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