8. 宰相閣下
一通り王族方に挨拶を済ませたところで、佑はメインテーブルから離れて会場を見渡した。
豪華絢爛とはこういうことを言うのだなと改めて感じるくらいには、貴族達は挙ってきらびやかな衣装を身に纏い、この機を逃すまいと笑顔を振り撒いている。
各国の王族や有力な貴族の元には人垣が出来ていて、あちらこちらで通路を塞いでいるのが見えた。その中で一番賑わっているのが……、メインテーブルのすぐそば、宰相アーネストを囲う人垣だった。
アーネストは一人一人に目配せしては頷き、丁寧に返しているようだ。見たところ、人当たりは確かに良さそうで、何か良からぬ事を考えているようには見えない。
……が、人間とは往々にしてそういう生き物だ。簡単にどんな人間かなんて即座に判断出来ないのだ。
「タスク! こんなところにいたのか」
呼ばれて振り向くと、昨晩と同じように綺麗に髪を結い、貴族ばりにめかしこんだレニがいた。
レニはにこやかに近づいてきて、親しげに佑の肩を抱き、コソコソ話を始めた。
「すっかり侯爵様だな。挨拶回りは順調?」
「丁度今、アラガルド王国の王族方に挨拶を済ませたところです。竜樹ももうすぐ終わるかな。あ、リディ……じゃなかった、リリーさんも一緒ですよ」
「んん??? リリー???」
リディアはリアムに挨拶を終えて、これからシーラに挨拶するところだった。
佑の目線がそちらに向いたのを確認して、レニは「そういう……」と何度か頷いた。
「綺麗でしょう、リリーさん。俺は昔のことは知らないけど、昔から綺麗なんですよね?」
ちらりと佑がレニに視線を送ると、「今の数倍」と、頬を緩ませている。
「それにしても、貴族連中はホントこういうの好きだよな。肩が凝って仕方なくて」
「俺は知らない人と喋るの苦じゃないんで大丈夫です」
「へぇ。見かけによらず」
「まぁ、二十年も接客業してればそうなりますよ。……と、竜樹を呼ばなきゃ」
イアンとの話を終えた竜樹が、メインテーブルを離れて佑を探しているのが見えた。こっちだと手を軽く振ると、竜樹は直ぐに気付いて佑の方へとやってきた。
「レニさん、今日はめっちゃイケメンですね」
「イケ……? 分かんないけど、リュウに褒められてる?」
「カッコいいって言ってるんですよ。何気にスペック高いからモテそうなのに。……あ、モテる必要ないか。先約居ますしね」
また佑はリディアの方に目を向けた。
そういうんじゃないと言いながらも、レニは嬉しそうだった。
「さぁて、竜樹も来たことだし、宰相閣下にも挨拶に行かないと」
言いながら、佑は襟を正した。
「あ、アーネストの所に行くのか」
「行きますよ。挨拶くらいちゃんとしておかないと。レニはリリーさんを頼みます。もう少しかかりそうなんで」
シーラとの挨拶が終わり、イアンの方へと進むリディアを横目に、佑はレニにそう頼んだ。
「大丈夫なのか、タスク」
「相手は同じ人間じゃないですか。変なこと言いますね」
――そう、同じ人間だ。
モンスターを相手にしてる訳じゃない。
それに、相手の正体がなんであれ、ここで怯む訳にはいかないのだ……!!
「竜樹、行くぞ」
「はい、父さん」
佑はキュッと口を結んで、アーネストの居る人垣の中に、竜樹と共に入っていった。
事前に竜樹とは少しだけ打ち合わせをしていた。ライオネル達がそうだったように、竜樹を見れば、アーネストも直ぐに王家との血筋を疑うはずだ。そうなっても絶対に動揺しないこと。そして、一度話した設定は忘れないこと。
神経を研ぎ澄ませて、佑は会話と人の流れをじっと探っていた。
「――ソルザック侯爵殿!」
不意に声の方を見ると、エクシア王が軽く手を挙げている。すぐそばにアーネストが見えた。
好機とばかりに、佑は竜樹と共に人垣を抜けた。
「丁度貴殿の話をしていた。ライオネルめ、頭の切れる男を片田舎から引き摺り出してきおったと」
ご機嫌なエクシア王のすぐ隣で、アーネストが目を見開いている。
佑は素知らぬ顔をして、竜樹と二人、エクシア王の前へと進んだ。
「陛下。私めをそのように宰相閣下にご紹介くださるなど」
佑はあくまでも下手に出たが、エクシア王はその遠慮がちなところも気に入ったらしく、佑の肩に手を回して、パンパンと二の腕を強く叩いてくる。
「真に賢い者は己の知識をひけらかさないものだ。アーネストよ、儂はな、ソルザック侯爵にかつてのお前の饒舌さを重ねた。どれだけ研鑽を積んだか知らんが、この知識量は脅威になるぞ?」
「身に余るお言葉、恐縮です、陛下」
エクシア王はガハハと楽しそうに笑い、アーネストに佑達を紹介した。
「ガリム公国のソルザック侯爵と、その息子だ。息子の方はライオネルの息子達とも仲が良く、将来が楽しみなくらいの美少年ときた。諸国のご令嬢方が放っておかないくらいの人気ぶりには驚かされた」
「王様、言い過ぎですよ」
竜樹が半笑いで答えると、エクシア王は竜樹を指差しでそんな訳あるかとまた大笑いした。
「さっき、お主らの周りに人集りが出来ていたのを、儂はこの目でちゃあんと見ておったぞ。女は美しい少年に弱い。美しいのは一つの武器だ。大いに利用するがいい」
言いたい放題のエクシア王の言葉はさておき――、ようやくアラガルド王国の宰相アーネストの眼前まで辿り着いたことに、佑は一種の興奮を覚えていた。
背は……、佑より少し高い。
元々濃いグレーだったらしき髪にはかなり白髪が目立つ。ロマンスグレー、と言えば聞こえは良いが、要するにそれなりの年齢のようだ。
目尻と眉間に深いシワ。
佑に対して最大限に警戒しているのだと、濃い緑色の目が訴えている。
「ガリム公国の侯爵、タスク・ソルザックと申します。こちらは息子のリュウ。アーネスト・ボルドリー宰相閣下、お会い出来て光栄です」
ギロリと訝しげに目線を送ってくるアーネストに、佑はにこりと笑って手を差し出した。
しばしの沈黙。
アーネストの喉仏が僅かに動く。
「聞かぬ名だな……」
「一介の、田舎侯爵でございますから」
アーネストは佑の手をジロリと睨みつけた。
「タスク……? リュウ……? 妙な音の響き。一体、どこの人間だ」
「シャルル湖畔の、小さな領地にございますよ、閣下」
佑は口角を上げて、もう一度アーネストに手を差し出した。




