5. アラガルド王家の受難
リディアと話していくうちに、佑の中に妻との優しい日々が思い出されていった。
互いにいっぱいいっぱいだったのだと、佑は思う。
必死で、違和感を覚える余裕すらなかったのだ。
「リディアさん。セリーナ王女のことも……、教えてくれませんか。あの日、どうして彼女はルミールから逃げたのか」
リディアはしばらく沈黙した。
雪野を進むスキアの足音と息遣い、そして背中の二人の息遣いが沈黙を繋ぐ。
「……王位継承を巡る争いに巻き込まれたと、私は言ったな」
「はい」
「少し、長い話になる」
辿々しく話し始めるリディア。声のトーンも低い。
「今でも、他に道はなかったのか考えることがあるのだ。どこまで戻ればあの方を救えたのだろうかと。私が……不甲斐なかったばっかりに、国はめちゃくちゃになった。私ならばどうにか出来たはずだった。罰は、甘んじて受けている。それでも、まだ償い切れていない。もし仮に、タスクが私の話を聞いて、その時なら救えたと思ったなら教えて欲しい。時を遡る魔法は使えない。だから、もう二度とあの方にお目にかかれないことも、承知の上で、尋ねたい」
「……はい」
リディアの言葉に、佑は覚えがあった。
自分も同じことをと、言いかけてやめた。
彼女の告白に水を差すようなことはしたくなかったが、思わず彼女の腰を掴む腕に力が入った。もしかしたら彼女は、佑の気持ちにも気付いたかも知れなかった。
「セリーナ王女は、アラガルド王家の第一王女だった。アラガルドは決して大きな国ではなかったが、精霊の加護の下、皆が手を取り合い平和に暮らしていたんだ。領内では色んな石がたくさん採れたから、他国との交易も盛んでね。王は王妃を大切にしていたし、子供達も皆良い子だった。セリーナ王女は兄のジョセフ王子、妹のロザリー王女の三人兄妹。王宮付きの魔女だった私は、子供達の教育係をしていた。仲睦まじく、国民に親しまれた王族だった」
「教育係……? リディアさんて」
「何だ」
「いや、なんでも」
見た目と年齢はイコールではない。何となくそう思っていたが、どうやらリディアは随分と年上らしい。
「三人とも勉強が好きでね。飲み込みも早かった。どこへ出しても恥ずかしくない王子と王女を、皆誇りに思っていた。……暗雲が立ち込めたのは、アーネストが宰相に就いた頃。有力な貴族の出だった彼は、国内外にたくさんの支持者がいた。政治手腕も素晴らしいというので、多くの推薦が上がり、若くして宰相に上り詰めた。彼は、国力の低い王国をもっと発展させるべきと、国王に説いた。国力を上げるためには、経済を更に活発化させなければならない。老朽化が進む様々な施設を改修したり、整備したりして、利便性を向上させなければならない。全く素晴らしい演説だった。国王はアーネストを信頼し、全てを任せることにした。国内の各ギルドとの調整、物資の調達、整備計画の策定まで、アーネストは精力的に推し進めた。国中が一体となり、新しいアラガルド王国へ変わろうとしていた。そんな時だ。アーネストは関税の急激な引き上げを通知した。私が違和感を覚えたのは、それが最初だったと記憶している」
「関税の引き上げ? 他国からも反発があったんじゃないですか?」
「ほんの上乗せ程度ならばな、理解もされただろうよ。景気が良くなると共に物価は少しずつ上がっていたし、それはどこの国も一緒だったから。ところがアーネストは突然関税を二倍にした。他国に比べ元々関税が低すぎたのだと、彼は言った。確かにな、近隣諸国に比べ、税率が低く設定されていたことに違いはない。二倍にしたところで、他国より僅かに上回る程度。だが、小国のアラガルドは領地の殆どが山岳地帯。食料は殆ど輸入に頼っていたのでな、低い関税率を設定することで、他国と優位に取引していたわけさ。なのにアーネストときたら、強引に関税の引き上げを取り決めた。他国から猛反発があっても強気でいられたのは、アラガルドが数多くの宝石の、主な原産国だったからだ。それに、精霊石という後ろ盾もあった」
「精霊石?」
「アラガルドでは王位と共に、代々精霊石を継承する。精霊の王を宿すという魔石。精霊石を持つ者は真の王として世界を支配できると、そう言い伝えられている石だ。この世界で、石は重要な意味を持つ。石には様々な精霊と力が宿るからな。その頂点にあるのが精霊石。アラガルド王は、精霊石の継承者として、畏れ敬われる存在なのだ」
「それと、王女と、何か関係が?」
「そう焦るな、タスク。ここから先が重要だ。アーネストが関税の引き上げを行って程なく、王妃が病に倒れ、急逝した。人一倍健康に気を遣い、明るく元気だった王妃が、だ。王は嘆き悲しみ、政治どころではなくなった。アーネストは国の再生事業だけではなく、それ以外の外交、内政も王の代わりに執り行うことになった。いわゆる、摂政というヤツだ。喪に服した王は、それからどんどん弱っていった。しばらくして、今度はジョセフ王子が原因不明の病に倒れた。王子は一命を取り留めたが、視力を失ってしまってね。魔法や呪いの類いではなかった。恐らくは毒。あるいは、何かしらの外的要因があったのじゃないかと」
一気に、話が重くなる。
佑は必死に頭の中で情報を整理しながら、じっと耳を傾ける。
「王妃の死、王子の病。平和だったアラガルドは一気に沈んだ。王は自分を責めた。何故気付いてやれなかったか、何故救ってやれなかったか。精霊石の加護があっても、このようなことが立て続けに起こったとなれば、国民も不安になる。弱り果てた王を、子供達は必死に支えていたのだがな。当時まだ王子も成人したばかりだったし、王女達もまだ幼かった。王宮の者達で支えるにも限界がある。――王子の病から半年程した頃、王は後妻を取った。宰相アーネストの勧めでな。貴族出身の後妻には連れ子がいた。年下だったこの連れ子を、王女達は温かく迎えた。王は継承権のない連れ子にも同じ教育を施すようにと仰った。分け隔てなく、育てようとなさっていた。数年が経ち、ロザリー王女の縁談が決まった頃、後妻は第二王子を産んだ。それから、事態が一変した」
「一変?」
「『セリーナ王女は王位継承権を我が物にすべく、兄に毒を盛ったのだ』という噂が流れた。アラガルド王には精霊石が付いて回るからな。過去にも似たような理由で王位を奪おうとした者が存在した。それを利用されたのだ。謂われのない噂に、セリーナ王女は戸惑った。王女は私を頼った。どうすれば良いのか、誤解を解きたい、国を守りたいと」




