序章から第一部
見たところ十歳前後だろうか。可愛らしい少年だった。何か物憂げな表情をしてるいるのが印象的で、彼から視線を外すことが出来なかった。すれ違いざま、少年はニコリと笑ったような気がした。
今思えば、コレが始まりだったのだろう。不思議な、そして過酷な、運命などという大袈裟なモノを変えてしまうような稀有な体験の。
騒がしく鳴り響くアラーム音。また一日が始まったのか。そう思いながら、手を伸ばしスマホを探す。アラームを消しスヌーズ機能を頼りにもう少しだけ寝させてくれ。そう思いながら伸ばした手を引っ込める。おやすみなさい。心の中でそう呟いて結局目を開けることなく二度寝の体勢に入ろうとしたら騒がしい声が部屋に響いた。
「また二度寝する!結局それでギリギリまで寝て人が作った朝ごはんを食べないんでしょ!」
アラーム音より騒がしい声の主は同棲している恋人、椎名若葉だ。確かに彼女の言う通りここ最近は眠気の誘惑に負けて彼女の作った朝食が、冷めた夕食へと変わる日がほとんどだった。
ここで怒らせると帰ってきてから彼女のご機嫌取りに時間を取られるな。そう思い、眠りかけていた身体を無理矢理起こし、スヌーズ機能を止めた。眠い目を擦りながら言う、
「おはよう。朝ごはん作ってくださったんですね。ありがたくいただきます。」
半分閉じかけている眼で少し嫌味といつもの冗談を言う調子でニヤりと笑いながら丁寧に礼を言ってみた。
「そんなのはいらないから早く食べる!どうせシャワーも浴びて行くんでしょ!」
彼女はどこまでも現実的で効率主義だった。まだ返事が返ってくるだけ本気で怒ってはいないんだな。と、安心しながらシャワールームへ向かう。
少し冷たいシャワーを浴びて寝汗を流す。シャワールームを出てバスタオルで身体を拭き、ドライヤーで髪の毛を乾かし歯を磨く。毎朝のルーティンとかいうやつだ。これだけは仕事の日だろうが、休日だろうが変わらない。染み付いてしまっている。
いつもと違うところと言えば、それを待ってから食事を共にしている若葉がもう家を出てしまっている事くらいか。そうか、そういえば昨日、明日は朝から会議があるから準備のために早く出るとか言っていたな。と、誰もいない一人分の朝食が並んでいる食卓を見て思い出す。シャワー中に行ってきますと言っていた若葉の声も聞こえたような…聞こえなかったような…。頭がまだ寝てたんだな。と、自分で適当な言い訳を付けて、帰宅後もし不機嫌だった時の対策を練った。
そんな事を考えながら朝食を口の中に詰め込み、干しっぱなしになっているワイシャツ、スラックス、ネクタイ、スーツの順に身に纏う。戦闘準備完了。ふと呟いて家を出る。革靴を履く際に少し汚れが見えたが、磨いている時間もない。
「次の休みでいいか。」
一人で納得させて、そのまま駅に向かう。急げばいつもの電車にも間に合いそうだ。遅刻したらまた部長にとやかく言われる。そう思うと歩くスピードが勝手に早足になっている。今月も中旬が終わった頃だがもう3回も朝礼に遅れている。部長の小言くらいで済ませてもらってはいるが次やらかすとそろそろ給料的にも年末のボーナス的にもヤバい。なんなら自分の椅子が無くなっている可能性だってある。
そう思うと部長に救われてるんだな。と、伝えもしない感謝を心の中で述べて急ぐ。
ギリギリの時間ではあったが時間内に会社に着き自分のデスクにカバンを置いてひと息ついた。そこでようやくいつもと違う雰囲気に気づく。
「あれ?部長は?」
間の抜けたような声で尋ねた俺に対して隣のデスクで俺を待っていたぞと言わんばかりの顔で同期の喜多嶋が答える。
「やっと来たよ。それにデスクにつくまで部長がいない事に気づかねぇとか、ホントお前は抜けてるよなぁ。それでも、仕事はそつなくこなすから不思議だよ。」
そんな嫌味を聞きたかったんじゃないぞ、という顔をして喜多嶋を睨んでみると喜多嶋は笑いながら続けた。
「聞いて驚くなよ?内館部長、なんと行方不明なんだってよ。朝一番に警察が来て岡嶋さんや、中山課長に色々聞いて回ってたらしいぞ。あと、人事課にも行って長期休暇を要請してたりしてなかったか?とかも確認してたってよ。ほんの5分前くらいかな?社長も事情を知って何でもいいから知ってる事があったら報告してくれ。って演説して帰ったよ。」
岡嶋さんって、社長秘書の?と聞くと他に誰がいるんだよと、半分呆れ顔で答えられた。しかし…あの内館部長が行方不明か。確か奥さんとお子さんも2人いたはずだ。仕事面では目立ったミスもなかったしそれこそ先週末なんかは失踪するような風にはとても見えなかった。
「警察はなんて言ってたんだ?事件に巻き込まれたとか、部長自身が行方をくらませたのか。的な事は?」喜多嶋に聞いてみる
「まだなんの手がかりもないから、どちらの方向でも捜査を進めます。だってよ。スマホも家から会社に向かってる途中の道で電源が切られたみたいで事件なのか、故意の失踪なのか判断つかないらしいぜ。」
誘拐…するとしたらお子さんを狙うだろうし…そもそも部長を誘拐するくらいなら社長の家族関係を誘拐するよな。一人で納得させてコレを口に出したらまたバカにされるな。と、飲み込んだ。
「心配…。は、心配だけど、今日の仕事はどうすんだろな?俺たち今日、打ち合わせのあと内容を部長に報告の予定だったよな?」
「お前は本当に…マイペースと言うか…。ここまでいくと尊敬するよ。とりあえず今日の仕事は通常通りで、部長への報告業務はひとまず課長預かりで。だそうだとよ。」喜多嶋が呆れた顔で答えた。
なんだよ、結局呆れられるならさっきの言葉も言えばよかった。などと思っていたら、始業のアナウンスが入る。
警察が来てドタバタしてたせいか、朝礼も課長の挨拶くらいでそのまま皆自分の仕事に入る。が、やはり色んな所からヒソヒソと話し声が聞こえる。中山課長も静かにしろ。と言いたそうな顔をしているが、言ったところで無駄なのもわかっているのだろう、半分諦めたような顔をしながら自分の仕事をこなしている。
「まぁ、部長は心配だけど、お相手様には関係ない話だもんな。とりあえず打ち合わせの資料の確認だけして俺たちも早く向かおうぜ。」
そう言うと、喜多嶋もやる気になったのか、仕事モードの顔になってパソコンに向かい仕事を始めた。
俺達の会社は俗に言う金貸し業だ。別にトイチの利息がついたりするような悪どいモノではないが、起業をしたい人たちや、会社向けに安い金利で起業資金を貸す。成功してある程度の収入が得られる、もしくは貸し出して一年経つと返済開始となる。もちろん全部が全部の会社が成功するわけではないので、借金だけ残して倒産してしまう場合だってある。そんな中でも返済をしてもらわないとこっちが損をしてしまうので、俗に言う取り立てをする。そして俺たちの部署は営業部。簡単に言うと、起業を考えてる方、新しい業種に参入してみたい会社の方、資金が足りないならお貸ししますよ。と、甘い言葉をかける係だ。そこの部長、内館部長が恨みを買って誘拐、殺害された。なんて事も有り得る。そりゃ、みんな気が気じゃないよな。
そんな事を思いながら今から向かう企業の資料を読み込む。ある程度大きな会社でそこそこ成功もしてるみたいだが、新しい業種に挑戦するという事で、うちに援助して欲しい。と声がかかった。その時にちょうど部長の目の前にいた俺たち二人がいい経験になるだろう。と、回してくれた仕事だった。
「いやぁ〜。まとまって良かったなぁ。あんだけでっかい会社なら今回の事で失敗しても貸した分くらいはすぐ返せるだろ。俺たちの取った契約の中でもトップクラス、いや、トップだな、こりゃ!」
喜多嶋が満足そうな顔をしながら大声で言った。
「おい、まだそこにそのお相手さんのビルが見えてるんだぞ!失敗しても…なんて聞かれたらどうするんだよ!」
慌てて喜多嶋の口を塞ごうとする俺に向かって少しシラケた顔をして喜多嶋は返す、
「まぁ確かにそうだけどよぉ。嬉しいじゃん?こんな大口の契約、お前でも中々とってこれなかったし。」
確かにそうだけど…と言いながらひとまず声のトーンを落とすように喜多嶋に促して会社に戻った。
なんだかんだ往復と、契約の説明、お相手企業様が考える時間、契約の手続き。などを行っていたら帰社した時にはもう定時を回っていた。朝の一件があったので今日は皆残業無しで帰れとの事だったので、課長に契約が取れた事の報告と、契約書を預けて俺たちも帰ることにした。
会社を出て喜多嶋と別れ、一人いつもの帰り道を歩く。見慣れたはずの景色なんだが、何かいつもと違うような気がした。何が違うか説明しろと言われても出来そうにないが、なにか…違う。そう思えた。そんな違和感に押しつぶされそうになったのでとにかく気にしない事にした。その時だった。違和感の正体が彼だと感じたのだった。
いつものこの時間、周りの人達はみんな帰宅ラッシュと言われる人混みの中の一人になっている。周りの人達から見たら俺だってそうだっただろう。ただ一人、彼を除いては。
彼、と呼ぶには若すぎる。いや、幼いな。十歳前後だろうか。その子だけが周りの動きに逆らうようにずっとこっちを見ながら立っている。人混みに飲み込まれてもおかしくない程の身長なのに何故か彼の姿を見失う事は出来なかった。
少し恐怖…とは違うな、不安を覚えたが、違和感の正体もわかったことだし早く帰ろう。そう思ってその子とすれ違う瞬間、その子、いや、彼がニヤリと笑った気がした。
俺が覚えているのはここまでだった。
気がついたら自分は横になっていた。目の前は真っ暗だ。身体は…動かせるが何か固いものに入れられているのか、ある一定の場所まで動かすと何かにぶつかってしまう。もしかして…棺桶の中か? そう思ったがそれは違うようだ。目が暗闇に慣れてきて薄らと辺り、いや、目の前の天井が見え始める。葬儀会場でも、病室でも、火葬場でもなさそうだ。
「一体…どこだ?」
思わず声に出す。見たことも無い様な天井だった。と言うよりも、こんなものが天井に下向きに付いているなんて理解するのに時間がかかった。と言うべきだろうか。
「スクリーン…??」
そう、天井には映画館のスクリーンのような液晶モニターが広がっていた。それが理解出来た時だった
「お!お目覚めですね!おはようございます!」
周りの暗闇とは正反対の明るい、間の抜けるような声が聞こえてきたかと思うと目の前のスクリーンが薄らと光りはじめた。とりあえず自分がどういう状況なのか知りたかったため、返事は返さずにスクリーンを見ることにした。が、現実はその思いのもっと上を行った。
スクリーンから色とりどりの光が出たかと思ったら、目の前にあの時の少年の姿があった。スクリーンの中では無い。目の前にだ。しかも自分の顔ほどの大きさに全体がおさまっている。SF映画などでよく見る立体映像そのものだった。驚いていると少年は笑いながら言った
「やっぱり驚きますよね。そりゃそうだ。でも、喜んでください!あなたは選ばれたのです!」
目の前の小さな少年の口の動きに合わせて言葉が聞こえる。あの間の抜けた声の正体はこの少年で間違いなさそうだ。
「選ばれた?一体何の話だよ。そもそもここはどこだ?」 とにかく状況が把握したい一心で聞いてみたが、半分夢だと思っている自分もいた。
少年はこっちの思っていることがわかってるかのように答えた。
「おぉ、夢だと思ってると思いきや、結構冷静ですね!大体の皆さんは、夢だと思って相手にしないか、目の前の僕の姿に驚いて声も出なくなってたりするというのに。やはりあなたを選んだことは間違って無かったようだ。」
自己満足に浸っている目の前の小人に俺は返した
「そんな事聞いちゃいない。ここはどこだ?選ばれたってのは?そして、今の俺の状況はどうなってる?なんで半拘束みたいな事になってるんだよ。」
少年は少しムッとしたように見えたがまた、ニコリと笑って続けた。
「どこからお話するのがわかりやすいですかねぇ?
ひとまずあなたに起きた事をひと通り説明しますので、口を挟まないでくださいね?話の邪魔されるの、僕一番嫌いなので。あ、あと僕の名前はショウタです。よろしくお願いします。あなた…お名前なんでしたっけ?」
「谷川、谷川直人だよ。ショウタくん。」 ショウタと名乗った小人を睨みながら自己紹介をした。
そんな睨みなんか気にしてない様子で話を続けた。
「あぁ!そうだそうだ!ナオトさん!
落ち着いて聞いてくださいね?あなたは2022年から、2522年までタイムスリップしたのです。簡単に言うとそういう事です。詳しい説明欲しいですか?」
何を言っているのかワケがわからなかった。たしかに自分は2022年の日本にいた。間違いない。昨日の日付…自分が何日気を失っていたかはわからないので、体感の「昨日」の日付だが、だって覚えている。もちろん今日の日付もだ。
「何を言ってる?今が2522年??詳しく説明してくれ。」混乱しながらも小人に返した。
「それが人にモノを頼む態度なんですか?まったく、生まれたばかりとは言え躾がなってないですねぇ。まぁ、いいでしょう。説明しましょう。ここは間違いなく日本です。あなたが今まで見ていた世界の500年後の世界の、日本です。今から約300年ほど前、あなたの感覚で言えば200年後。ってことですね。世界は…いや、人類は全滅の危機に追いやられました。地球温暖化、人口増加、それによる食糧不足。科学が進んでも地球のキャパシティは変えられなかった。という事です。火星移住計画も頓挫しました。人間が住むには過酷すぎたのです。そこで、世界はまた戦争を始めようとしました。その気になれば大陸一つ地図上から消してしまう程の威力の武器同士のぶつかり合いです。タダで済むわけがありません。そんな時、一人の科学者が提案したのです。地球に住むべき人間だけ住ませたらいい。あとは寝かせておけ。と。突然ですが、働きアリの法則をナオトさんは知っていますか?」
急に振られて慌てたが、その法則は聞いたことがあった。
「働き者の働きアリも8割が働いていて、残りの2割はサボっている。その2割を排除しても、その割合は変わらず残った8割の中からまた2割のアリがサボる。っていうアレか?」
「そうです!それです!その法則の2割。まぁ…人間の場合はもっと多いんですが、ダメな人間は生かしておく必要がない。と言う事です。さぁ、ここでまた問題が出来ます。その真面目な人間、サボる人間。どうやって見極めましょう?『今からそのふたつを見極めて、ダメな方は死んでもらいます』なんて言ったらみんながその時だけは真面目にするに決まってます。」
「確かに。」
相手が話を続けやすいように相槌を打った。彼は続ける。
「そこで、産まれて来た人間を、一歳から仮想現実の世界で生かせてみよう。そこで優秀な人材だけをこちら側の世界に受け入れよう。という事になったのです。つまり、ナオトさん、あなたが今まで生きてきた26年間は仮想現実の中での26年なのです。まぁ、こちらでも26年、そのコクーンの中で寝てたんですがね。簡単に言うと…超リアルな夢を見てたのです。そして、その夢の中でのあなたの行動を私たち管理者が逐一確認して、こちらの世界で暮らすことで日本の役に立つのかどうかを見極めているのです。あ、仮想現実と言ってもあなたが住んでいた世界は今から500年前の世界で起きたことそのままです。大震災も、疫病のパンデミックも、なんなら学生の頃に習った歴史上の出来事も全ては真実です。」
とても理解…いや、話している内容は理解出来たが、それが現実に俺の身に起きた事というのを受け入れるのには時間がかかりそうだった。が、目の前のこの小人、見たこともない立体映像、明るくなって見えてきた自分が入っているコクーンと彼が呼んだもの。全てが彼の言っていることが真実だと言っているようなものだった。半分混乱しながら俺は小人に聞いた。
「選ばれた。と、お前…いや、君は言ったね?なぜ俺は選ばれたんだ?特に優秀でもない自分で言うのも寂しいが、どこにでもいる平凡なサラリーマンの俺を選んだ人達の意図は?」
小人は満足そうな顔をしながら答えた。満足…というよりは自分に酔っている様な感じか。
「う〜ん!いい質問ですね!この、人類を選別する定義というのはその国々によって様々なのです。『ある程度の規則の中で自由に生きている人間』、『第一に神を信仰する人間』、『女性を大切にし、大切にされた側もしっかりとお返しを出来る人間』、国によって様々です。そして我が国、日本の基準は『平凡であること』日本は昔から前にならえ、横に並べ、出る杭は打たれる。の教育をして来ました。あなたもそうだったでしょう?何かに突出している人間、何かに劣っている人間がいるから、恨みや嫉妬が生まれる。そう日本国民は考え、結果、研究関係者以外は『平凡』な人間をこの世界の住人にしよう。という結論に至ったのです。」
平凡。たしかに俺にピッタリの言葉だ。学校での成績も中の上。スポーツも出来なくはないが、特段上手いわけでもなく、仕事もバリバリこなすワケでもないし、異常なほど異性からモテた経験もない。自分で言ってて悲しくなるほどの平凡だ。
そこまで考えて思い出した時には口に出していた。
「若葉は!?若葉も仮想の人間だったのか!?」
「おや、急に焦りだしましたね。いいですねぇ。恋人の安否、存在を確認するためには必死になる。典型的な男性の反応だ。結論から言いますと、えーと、なんだったっけ?No.558263…あぁ、シイナ ワカバさんですね。彼女はこの世界に存在します。と、言うよりはあなたが仮想空間で出会った人間、テレビなんかで見た人間。全て存在してます。全員でコクーンに入って同じ夢の世界で生きている。というとわかりやすいですか?
つまり、シイナ ワカバさんはコクーンの中で2022年の世界を生きてらっしゃいます。彼女は少し真面目すぎるので、残念ながらこちらの世界に来ることはないでしょうが。ちなみにあなたの同僚の方は逆に不真面目…とは言いませんが、軽すぎる部分があるので、彼も不合格ですね。」
ひとまず若葉が生きていることが確認できて安心した。しかしこちらの世界に来れない。という部分には納得が出来ないが、今の不自由な状態で訴えても意味が無いだろう。
「つまり、26年間俺はここのカプセルみたいなものの中に入れられて、この時代から500年前の日本で生かされていて、今までの行いでこっちに来てもいい。と選ばれたという事だな?」
納得、短時間で出来るはずもないがするしか無かった。受け入れてとにかく身体の自由を取り戻さないと。
「26年間寝たきりだったってことだろ?身体は動かせるのか?筋肉なんか衰えていないのか?」
ショウタはほう、と言いたそうな顔をしながら質問に答えた。
「理解が早くて助かります。身体の方は安心してください。仮想現実、こちらの世界ではVWと呼んでいますが、そこで行なった運動や技能は全てコクーンが睡眠者の身体に電気信号を通して影響が出るようになってます。向こうの世界の野球選手はこっちでも野球は上手いままです。まぁ、平凡を愛するこの世界に何かに突出したスポーツ選手なんていませんがね。」
納得はやはりまだ、出来ないが、理解はしたし、するしか無かった。目の前に起きてる事態がとても夢に思えなかったからだ。ショウタが続ける。
「目覚めたばかりの方々には今2522年の世界がどうなっているかを知ってもらって、そのまま日本で暮らしていただきます。仕事をする必要はありません。食料は全て支給しますし、アミューズメント関連も全て接客コンピュータが対応しますので、好きにこの日本で生きてください。あ!ただ一つ注意がございます。先程お話いただいた働きアリの法則。これ、人間にも通用するんですよね。こちらも慎重に選んでいるので、2割ってことはないですが、何人かは怠けて一日中寝てばかりだったり何もせずに一日、一週間を過ごす人が出てきます。そういう人達には…これ以上は僕の口からは言えません。とにかく規則正しく平凡に生活してください。それではコクーン開けますね。」
そう言うと大きな音を立てて硬い寝袋の様なものが観音開きの様に空いた。よく見ると全裸だった。
「あ、こっちからは顔しか見えてませんので安心してください。隣の部屋に日本国民の制服が用意されてますのでそれに着替えてその奥のドアからこちらに来れますのでどうぞ。」
そう言うと目の前の小人は姿を消して、部屋の明かりがまた薄暗くなった。目覚めた時と違うのは硬い繭が開いていることと、目の前のドアがライトアップされている事だ。こちらに行け。ということなんだろうな。そう思いドアを開けようとしたが取っ手がない。と思った瞬間ドアが消えた。なるほど、2522年か。そう思い部屋を出た。日本国民の制服らしきものが無造作に置かれたカゴの中に入っていた。
SF映画にありそうな肌に密着した全身タイツのようなモノを想像していたが、思っていたより普通だった。と言うよりもサラリーマンのスーツそのままだった。
「なるほど…『平凡』…か。」 少し自分が嫌になった。