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第8話 乱入


 眼鏡の女子が前に出てきた。

 髪はおさげで前髪が長く、化粧も薄く、もの静かで大人しいタイプの少女に見える。図書委員でもやってくれそうなお淑やかなイメージだ。


 そんな佐々木は苺色の瞳で虚空を見つめながら、外見に似あわない美声で言った。


「佐々木しこりです。部活などは悩み中、趣味は人間観察です。【可能性】は【今何自慰いまなんじい】。他人の頭上に、その人のこれまでの自慰行為回数が見えます」

「「「ッ…………!?」」」


 クラスに激震が走り、誰もが絶句した。

 今まで和やかな雰囲気が漂っていた教室が永久凍土になった。空気が死んだ。


 吉田先生が一番気まずい顔をしているし。

 おい、震える手で律儀にタブレットを弄って黒板に【今何自慰】なんてヤバイ文字を映さなくていいんだよ!! ガチなのかよ。寒い冗談かと思いたかったよ。

 てか顔めっちゃ赤いし、あんた何回なんだ先生!!


 かつてない緊張感に覆われ、思わず口内に溜まってきた唾をごくりと呑みこむ。

 物音でも立てようものなら自分の回数が暴露されるのではないか――誰もがそんな恐れを抱き、顔を伏せて彼女と目を合わせないようにしている。


「渾名はシコリンが良いです。そう呼んでください。フフフ、男子はシコリンでシコリンしないでね? なんちゃって。フフフ」


 笑えねぇよ。

 一人残らず嫌な汗かいているし、どんな拷問だ。

 せっかく金城が空を晴らしたおかげで外もクラスも明るくなっていたのに、お前のせいで台無しだよ。


「補足だけれど、性行為と自慰行為は別物で見えるのは自慰行為だから安心してね?」

「だからこそ問題なんだが!?」――って突っ込みたい。皆も同じ心境だろう。


 いや、俺は別にいいんだよ。影響ないし。

 でも俺以外の全員も「べ、別に自分には関係ないし?」みたいな表情を作って乗り過ごそうとしてるし。

 どうするんだ、これ?


「一つ忠告しておくと、私と高校生活を共にする以上、無理して我慢すると体に悪いですよ? 大丈夫、皆の回数をばらしたりはしないから。基本的には、ね。フフ、フフフフフ」


 佐々木しこり……なんて恐ろしい女なんだ……。

 恐怖で場を掌握したシコリンが着席し、僅かな間を置いて吉田先生が次の名前を呼んだ。


「つ、次……式上……」

「…………」


 いや、やりにくいわ!! 勘弁してくれよ、なんだよこの空気。


 仕方がないので、俺はドンヨリと沈みきった雰囲気の中、力強い足取りで前に出た。教卓の前に立ち、この重い空気を一新するためにゴホンと強く咳払いしてから始める。


「式上結人です。中学時代は訳あって学校行事や部活動などに参加できなかったので、高校では色々な事を楽しみたいと思っています。部活動は未定、趣味は映画鑑賞です。【可能性】は【絶対拒否】で、他人の【可能性】の影響を一切受けません。なので、もし【可能性】に関して何か手伝える事や困った事があったら言ってください。俺にできる限り力になりますので」


 昨日から頭の中で何度も練習していた文章を滔々と語り終えた。

 完璧だ。我ながら上出来。何度も推敲して鏡の前で練習した甲斐があった。


 すると、シコリンが芝居がかった驚愕の表情を見せながら口を開いた。


「そんな、本当だわ。式上君だけ回数が見えない。式上君だけ。あなただけ、ね」


 わざとらしく強調され、教室がザワついた。不満が波及していくのを感じる。


 なんだなんだ? なんで不穏な空気になっているんだ?

 まさか、この女……。

 さては自分へのヘイトを緩和するために、共通の敵として叩きやすい俺に矛先を変えやがったな。ふざけんなよ、俺の青春謳歌ルートを邪魔すんな!


 握りこぶしを震わせる俺をまっすぐ見つめ、シコリンが言った。


「フフフ。そんな特別な式上君、早速だけれど困った事があるの。相談してもいいかしら?」

「…………な、なにかな?」

「週に何回しているか教えて?」

「知るかぁ!!」


 ふざけた質問をする変態女へ思わず全力で突っ込みを入れると、一部のクラスメート達が身を縮めて体を震わせた。教室の空気がまた少し重さを増した気がする。


 最悪だ……やってしまった……。


 高校じゃ『絡みにくい見た目に反して気軽に話せる気の良い奴』ポジションを第一印象から確立すべく自己紹介の練習を何度もしたのに、これじゃ台無しだ。

 このミスは自らクラスメートへ声を掛けることで挽回するとしよう。


 俺は小さな溜め息をつき、クスクス笑いながら粘り気のある視線を絡めてくるシコリンを無視して席へ戻った。

 そして教室最後方の自分の席へつこうとした、その瞬間だった。


 バァン!!

 っと破裂するような音を響かせて、教室前方の引き戸が勢いよく開かれた。

 クラス全員の視線が集まるそこから現れたのは、金糸のような長髪と業火のごとき紅蓮の瞳を持つ、豪華絢爛な特製制服を纏う少女――万象神羅だった。


 唖然とする中、神羅は何の躊躇いも挨拶もなしに教室へ入ってきて教壇に立った。

 そして誰にでもなく言った。


「二人にしなさい!」


 それを聞いた吉田先生とクラスメート達が、揃って無言で席を立つ。


「お、おい!」


 俺は立ち上がり、ドアに向かって俺の横を通り過ぎて行く薫の腕を掴んで制止したが、


「離して?」


 薫は不気味なまでの溢れる笑顔を見せ、俺の手をスルリと抜けて出て行った。

 あっと言う間に教室で神羅と二人きりになる。

 無駄に広く感じる教室の中で、俺は怒りのままに神羅を強く睨みつけた。


「なんのつもりだ、お前……!!」


 猛火のような燦爛と輝く双眸と視線が交わる。

 かと思うと、俺を見つめていた神羅が顔を赤くして「うっ……」と呻き声を漏らし、苦い表情に変化した。

 俺に視線で脅されて物怖じしているようにも見えたが、しかし直ぐに元のキリッとした表情に変わり、俺を指差して言った。


「し、式上結人っ!! わ、私を、愛しなさい!!」

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