第66話 同類
神羅の青い瞳の輝きに呑まれていると、バン!! と神羅の机が叩かれた。
振り向くと、薫だった。愛嬌たっぷりで嫌味のない持ち前の笑顔で神羅を見つめていた。
「はじめまして、神羅ちゃん。私は戌亥薫。よろしくね!」
「…………よ……よろしく」
薫の圧に押され、神羅がたじろぎながら言葉を返す。
すると薫は途端に険しい鬼気迫る表情に変わって、神羅に詰め寄った。
「いきなりで悪いんだけど、神羅さんに言いたいことがあるの……」
「な……なに……?」
「匂い嗅がせて!!」
「なんで!?」
ビビって椅子を引きながら俺に助けを求める目をしてきたので、薫の事を改めて紹介し、【共感匂知】で匂いフェチの変態に狂ってしまった可哀想な子だということを教えてあげた。
「お願いだから抱きしめさせて!! 今まで近くに居るだけで嗅いだことないような良い匂いがしてたんだもん!! 肌を直接スースーしたい……いいでしょ!?」
「嫌に決まってるでしょ!!」
身を悶えさせる薫を見てドン引きする神羅。
すると断られた薫が口を尖らせ、拗ねるように言った。
「ケチ……。いいじゃん、ずっと私達のこと操って結人を独り占めしてたんだからさ」
「っ……!」
それを聞いた神羅が無言で青ざめた顔を伏せて、沈鬱な表情に変わった。これまで身勝手な命令で彼女達を操り迷惑をかけてきた罪悪感と背徳感にかられているのだろう。
どうフォローしたものかと思ったのだが――
「嘘。怒ってないよ。私も、皆も」
「…………え?」
ゆっくりと顔を上げた神羅へ、薫が言った。
「神羅ちゃんが苦しんでたことも分かってるから。だから、また学校に来てくれて本当に良かったよ。これからは普通のクラスメートとして、よろしくね!」
気がつけば、教室内の誰一人として不快な顔などせず、慈愛に満ちた優しい眼差しを神羅へ向けてくれていた。
そうだった。神羅だけでなく、ここに居る皆が【可能性】という個性を持っている。誰もが少なからず世間一般の常識とは違う理の世界で、神羅のように葛藤を抱えて生きてきたんだ。
こうして匂いフェチと開き直ることで明るいキャラを貫いている薫だって、過去には自分自身のことを忌み嫌い、涙を流したことがあるだろう。
だから、全員同じなんだ。
入学した日の、吉田先生の言葉を思い出す。
大事なのは、手を取り合って前を向いて歩いて行くこと。
同じ苦しみを知る仲間として、誰もがその真意を理解してくれている。
周りを見た神羅が、感極まったように青い瞳を潤わせて涙目になりながら言った。
「…………皆……ごめん……ありがとう」
「泣き虫神羅」
「な、泣いてないわよ!!」
珍しく殊勝な態度の神羅をからかったところで、教室の前方から手を叩く音がした。いつの間に教室に入って来ていたのか、吉田先生が教壇に立っていた。
相変わらず凜々しくて気が強そうな先生が、珍しく微笑みを見せて言った。
「お前ら、もうホームルームだぞ。席に着け」
指示に従って皆が席についたのを確認して、吉田先生が一言。
「よし、全員出席だな。連絡事項は特になし。以上!」
とんでもなく簡素なホームルームが五秒で終わり、先生が教室を出て行く。
かと思いきや、ドアのところで立ち止まって教室隅の俺達を見た。
「そうだ。言い忘れていたが、万象と只野は今日の放課後に六階の補習室で実力判定テストを行うからな。覚悟しておくように」
「は!? なんで!?」
と不満の声を上げた神羅へ、
「こら!! 敬語を使え万象!!」
「うっ……!」
吉田先生の容赦ない恫喝が飛ばされ、神羅は肩を竦めて萎縮した。
「なんで……ですか……?」
「お前達は言わば不法入学者。実力テストはおろか入試さえ受けていないんだから当然だろう。まぁ退学にはならないから安心しろ。点数次第では補習生活が待っているけどな」
そう言って吉田先生が教室を出て行った。
肩を落として落ち込む神羅。対する天使は何事もないようにケロッとしている。
多分、零点と百点なんだろうな。
「今後の放課後は勉強会じゃなくて補習に励むことになりそうだな」
「神羅ちゃんが補習になっても一緒に受けるので安心してください」
「うぅ……ありがとう天使……」




