第62話 幼馴染み
「俺の部屋に来た日、幼馴染みの子の写真を見たろ。あの子は真澄って名前で、物心つく前から中学三年生まで、ずっと仲良くしていたんだ」
昔を思い出す。
初めて彼女と出会った時のことを。彼女と過ごした日々を。大切な思い出を。
「俺は先天性なんだが、真澄は小さい頃は【可能性】が判明していなくてな。幼稚園から小学三年生までは普通に仲の良い幼馴染みとして過ごしていたんだ。真澄は明るくて可愛かったから人気者で、俺と違っていつも人の輪の中心にいる子だった。でも、ある日、真澄にある常動型の【可能性】が判明してな…………」
「…………どんな【可能性】だったの?」
思い出すのが辛くて、俺は目を伏せた。
奥歯を噛みしめて、二度と口に出したくなかったその単語を絞り出す。
「【憎気世界】。どうしたって絶対に全人類から憎まれてしまう【可能性】だ」
神羅は言葉を失っていた。
天使は、全て分かっていたのだろう。苦い顔をしたが驚いた様子は無い。
あの日、遊びに行った公園で俺達は、虐められていて友達が居ないと言う金髪の少女と出会い、一緒に遊んで、彼女と別れた際に真澄は言った。「世界が愛で満ちていればいいのに」と。
そしてその日、真澄は判明した。あの少女と出会ったが故に判明してしまったんだ。
俺は、初めてその【可能性】の効力が分かった時、言葉を失った。
でも、誰よりも優しく明るい太陽のような子だった真澄は、笑ったんだ。「私が居れば他の人達が憎まれることはなくなるね」って。
その言葉通り、彼女の願い通り、周囲の人々は愛で満ちることになった。他人を嫌うことはなくなり、虐めも喧嘩も消え、笑顔になり――その代わり、全ての憎しみが真澄へ向けられるようになった。
「今まで皆から愛されてきた真澄は、その日を境に誰からも愛されなくなって、憎悪の対象になったんだ。溺愛してくれていた両親には存在を疎まれ、虐待され、仲が良かった友達からは虐められ、教師や周囲の人間からは罵倒され、存在を無視された。でも――俺は変わらなかった。俺だけは、変わらず真澄を愛していた。俺達は毎日朝から晩まで一緒に過ごすことになった。小学生の頃も、中学生になっても、一日たりとも離れずにな」
それは何よりも強い愛だった。
他の何よりも真澄を優先し、何よりも大切にした。
ただ、どれだけ俺が頑張っても、彼女を守っても、憎しみは止められない。だから俺は可能な限り真澄と一緒に過ごして、被害が及ぶ時間を短くすることしかできなかった。
俺は両親と祖父母に土下座して頼み込み、祖母達に転居してもらい、家を追い出された真澄と二人で自宅の左側に住むことになった。
俺の家族も真澄を憎んでいたが、息子である俺の事は大切にしてくれたおかげで許してもらえた。俺の分の最低限の生活費しか出してもらえなかったが、俺と真澄は二人きりで生活できればそれで十分だった。
他人と関わっても憎しみを向けられるだけ。だから俺達は外で遊んで気晴らしをすることもできず、毎日俺の部屋で映画を見て過ごすのが日課になっていた。
部屋に籠もり続けていれば良かったのかもしれないが、そしたら学校で他の子が虐められてしまうかもしれないと言って、真澄は意地でも登校し続けることを選んだ。
だから俺は真澄を守るために体を鍛えて格闘技を勉強した。俺達に干渉してくる奴は減ったが零にはならず、彼女を傷つけてくる奴等と俺はいつも喧嘩していた。
無駄だと分かっていても、どうしても無視してやり過ごすことができなくて、抗い続けていた。
「俺は変わらなくても、真澄は変わった。昔は明るくて笑顔が絶えない子だったけど、いつの日からか顔つきは変わって、暗くなって、殆ど喋らなくなって、口調も変わって。俺と一緒に居ても滅多に笑わない子になった」
憎しみの対象になり、周囲を威圧して気を張っているうち、気がつけば俺も真澄も目つきが誰よりも鋭くなっていた。昔はあんなに優しい顔をしていたのに。
どれだけ気丈でも世界中から憎まれる日々に耐えられるわけがなく、毎日俺に抱きついて泣いてしまう真澄と代わってやりたかった。彼女の【可能性】が消えるなら命をあげてもいいと心から思っていた。傍に居る俺の方が辛くて、死にたくなった。
真澄も、周囲の人間も、誰も悪くない。
悪いのは、この世界だ。
俺は、愛の無いこの世界を憎んだ。




