第61話 罰
視界がぼやけて歪む。
全身が軋むように痛いし、口の中が切れたようで血の味がじわじわと広がってくる。まだ雨は降っていて、地面に這いつくばって泥だらけだ。
ボロボロでダサ過ぎる。
それでも、俺は笑った。
「はは……ははは」
不審に思ったのだろう神羅が眉を顰める。もしくは後ろめたさでも感じてくれたか。
俺は微笑みながら言った。
「言ったろ、京子さんに襲われたいって……。こう言う意味じゃなかったけどな……。実は俺、お前達のせいで自分がマゾなんじゃないかと薄々思っていたんだが、やっぱりノーマルみたいで安心したよ。美人にやられても痛いもんは普通に痛いし、全く気持ち良くないんだな」
「…………どういうこと? 何を言ってるの?」
解せないといった顔で、不安げに俺を見る。
頭おかしい奴を見るような目をするな。
「…………ごめん、神羅。さっきの発言は取り消す。昨日の自分が許せなくて、一回京子さんにぶっ飛ばしてもらいたくて、わざとけしかけたんだ」
真実を知らなかったとはいえ彼女の心を抉る発言をした自分に対する罰がほしかった。おかげでスッキリした。目が覚めて爽快な気分だ。やはり俺の性癖は歪んでいるのかも。
命令通りに俺を敷地の外へと叩き出す気の京子さんが歩み寄って来たが、神羅が右手を挙げて制止した。
立ち止まった京子さんの目が元の色に戻り、自我を取り戻した様子で傘をさし直す。それを見て一安心した俺は、膝に手をつきながら立ち上がった。
改めて神羅と天使に正面から向かい合い、頭を下げた。
「昨日のこと、本当に悪かった……。本気で言ったわけじゃないんだ……許してくれ」
「…………私も……ごめん」
また拒絶されたら土下座するつもりだったが、ホッとして顔を上げる。
そして、神羅の瞳を見つめて、間を置かずに言った。
「【私乃世界】を解け、神羅。お前の【可能性】は発動型なんだろ」
「っ……! なんでそれを……」
自分の秘密を看破されたことに驚く神羅。
神羅の隣で傘のハンドルを強く握りこむ天使が、じっと俺を見据える。
「天使から全部聞いた。お前の悩みも、今までのことも、俺をどう想っているのかも」
深夜の天使との出来事は大幅に省略だ。詳細を語ったらまた話が拗れるだろうしな。
俺は心の内を吐露した。
「俺は……神羅からの好意に気付いていたんだ。でも、気付かないふりをして、友人として接してきた。愛してほしいって言う神羅の気持ちをはぐらかして、それは偽の感情だって自分に言い聞かせてきた。最低だよな……。本当に、ごめん」
「…………でも……なんで?」
「…………他人と愛し合うことが、怖かったんだ」
全てを語るべく口を開いて、言葉に詰まった。声が出なかった。
それでも俺は過去に向き合わなくてはいけない。
俺がさっき神羅に叫んだ言葉は、自分への叱咤激励だった。
現実から逃げていては、本当に大切なことに気付けなくなる。だから、俺は話した。




