第60話 挑発
「神羅!!」
三人が足を止めて、こちらを振り向く。
神羅は驚愕の表情を浮かべ、唖然と目を見開いた。
天使も驚きを露わに、口を固く結び、想いを託すかのような目で俺を見据えた。
京子さんは無表情だが、こうして間に合ったということは時間を稼いでくれたのだろう。
俺は彼女達と十メートル程の距離を開けて立ち止まった。
未だ止まない雨の中、降り荒ぶ水滴に打たれてずぶ濡れになる俺を見て、神羅は戸惑いの表情を浮かべている。
「なんで……。なにしに来たのよ……」
か細い声。ガーネットのような濃い紅色の瞳が昏く強く輝いている。
俺は昨日から今ここに至るまで、どう話を展開するかずっと考えていたはずなのだが、間に合った安堵感ですっかりその内容が飛んでいた。
だから代わりに、今湧き出る感情を全部ぶつけてやることに決めた。
「お前がコネクトを無視するからだろうが!! なんで出ないんだよ!!」
「…………ブロックしたもん」
ふざけんなよ。
一度喧嘩しただけでブロックとか正気じゃないぞ。あの機能は本来そう易々と使うものじゃなくて、ストーカーとかへの対策だろうが。
今の俺もストーカーと言われたら否定できないけど。いいさ、そういう人付き合いについても今度みっちり教えてやる。
神羅と対面して、頭の中で突っ込みを入れて自虐する余裕が生まれていたことが嬉しくて、気付けば俺は破顔していた。
わざとふてぶてしい態度で笑顔を作り、腹の底から込み上がる言葉を捲し立てた。
「お前は卑怯だ、神羅!! たった一回喧嘩しただけでブロックして逃げるとか、頭おかしいんじゃないのか!? 本当に自己中な奴だよ、お前は!! そうやって怖い現実から逃げてばかりいるから、いつまでたっても本当に大切なことに気付けないままなんだよ、アホ!!」
「なんですって……!!」
土砂降りの中を全力疾走してきたんだ。言いたいことは全部言わせてもらう。
拳をぎゅっと握って悔しい顔をする神羅へ、俺は続けざまに悪態をついた。
「何度叱ってやっても同じことを繰り返してばかりで全く成長しないしな!! 本当に羨ましいよ、今まで何一つ苦労せずに楽して生きてきたアホなお嬢様がなぁ!!」
「っ……!! 京子、叩き出して!!」
案の定、憤慨した神羅が命じた。
天使は俺の行動を怪訝に思ったようで目で訴えてきている。
しかし京子さんは俺の思惑を察してくれていたのか、躊躇う様子を見せた。
「しかし神羅様、彼は――」
「いいから、結人を叩き出しなさいっ!!」
神羅の瞳が紅蓮の輝きを増す。
それに応じた京子さんがこちらを向き、傘を畳んだ。
彼女のダークブラウンの虹彩が侵食されるように変色し、真珠のようなホワイトクリーム色に輝く。一時的に身体能力を限界まで向上させる【潜在解放】が発動したのだろう。
それを察知すると同時に、フッと彼女の姿が視界から消失した。
次の瞬間、腹部に突き刺すような痛みが広がった。
「ッ……!!」
激痛に胃液が漏れそうになり、体が前のめりになる。
そこで、京子さんが傘の石突きを俺の腹にめり込ませていることを理解した。十メートル程の距離を一瞬で詰められていた。動きを一切視認できなかった。
天使といいこの人といい、人間やめてるだろ……。
腹を抱えながら崩れ落ちて膝を地面についた。
かと思えば、左のこめかみに重い衝撃が走った。
俺は訳も分からないまま、映画のアクションシーンでしか見たことがないようなブッ飛び方をして地面を転がり、近くの大木に背中からぶつかって停止した。
なにをされたのか一切分からなかった。
視界の奥、足を曲げた京子さんの体勢から察するに、膝で蹴り飛ばされたのだろうか。いくらなんでも容赦なさ過ぎだろ。俺、ただの高校生だぞ。




