第57話 元凶
「…………あの我が儘娘に、そんな背景があったとはな」
「判明者となった神羅ちゃんは、初めは喜んでいました。両親に相手にしてもらえ、誰に何をしても許され、気を遣われ、勝たされ、常に好きなことだけをして、笑顔で過ごせるようになりました。しかし、それは作られた偽の愛情です。やがて【可能性】がなければ自分は誰にも愛してもらえないと悟った彼女は【可能性】を解くことを恐れ、他人を嫌って距離を置くようになりました」
「じゃあ神羅の両親が国外に居るのも、神羅がそう望んだからか」
天使がコクリと頷いた。
神羅が人間嫌いで他人に対して非情だったのはそのせいだったのか。
だが、神羅は大きな誤解をしている。
神羅の両親も、天使も、天使の母も、メイド達も――間違いなく誰もが神羅を大切に思い、心から愛してくれていたはずだ。今でも。
少なくとも、この天使は誰よりも神羅を想ってくれている。
「でも天使は元から神羅のことが好きなんだろ? そう伝えてあげたらどうだ」
「勿論伝えましたが……神羅ちゃんは私のその行動すらも自身の【可能性】よるものだと思い込み、それ以降その話を禁止しました。そして友達として接することも、できなくなりました。私に友人のふりをさせてしまうことに罪悪感を抱いたのでしょう。彼女は私をメイドとして雇うと言い、一緒に居る口実を作ったのです。私は【可能性】の影響なんてこれっぽっちも感じないほどに、昔から神羅ちゃんのことが大好きなのに……」
声が震えていた。膝を抱える手に力が入り、布団をギュッと握りしめている。
どうしようもないことが悔しくて、悲しいのだろう。涙こそ零れていないが、紫色の目は確かに潤みを帯びていた。
神羅は天使だけは遠ざけずに自分の元に残した。昔からの親友で、大切で、本気で愛しているから、離れたくなかったんだろう。
それでも天使の気持ちを信じきることができず、後ろめたさを感じて、天使との関係を友人から主従へと切り替えてしまった。
「じゃあ神羅の気持ち次第で現状を変えられるんだな」
「…………神羅ちゃんは【私乃世界】を解くことを酷く恐れています。もし解除すれば、また誰も自分を愛してくれなくなる、またあの苦しい思いをしてしまうと。本当は【可能性】に頼らず普通の生活をしたいと願っていても、怖くてそれができないんです」
そこで天使が「でも」と鋭い語調に変わった。
「結人さんだけは【可能性】の影響を受けなかった。結人さんに愛してもらえれば、神羅ちゃんは自分が価値のある存在だと分かって、【可能性】を捨てて生きていけるんです。だから、どうしても全人類から愛されなければ気が済まないなんて大嘘です。彼女はただ、結人さん一人に愛してもらえればそれだけで十分だったんです」
「…………だからって、好きでもない俺にあそこまで執着するなんて――」
「好きに、決まってるじゃないですか」
言葉を途切れさせた俺へ、天使は力強い目で言った。
「高校入学前の三年間、神羅ちゃんは【可能性】を解くきっかけを探して、世界中を旅しながら判明者の占い師達を頼りました。そして、明麗高校に入学すれば、自分を心から愛してくれる運命の人に出会えると、そう分かったんです」
それが、俺だと言うのか。
二度と他人を愛さないと決めた俺だと。
じゃあ入学式のあの突飛な行動は俺を見つけ出すためでもあったのか。神羅の言動の不一致に対して違和感を覚えていた理由が漸く分かった。
「そして――やっと、結人さんに出会ったんです。そんな結人さんは優しくて、格好良くて、正義感があって、いつも一緒にいてくれて、間違ったことを叱ってくれて、なんでも教えてくれて、本気で遊んでくれて、心の底から一緒に笑ってくれて、可愛いと褒めてくれて…………ありのままの自分を認めてくれたんです。そんな人に恋をするのは、本気で好きになって愛してほしいと思うのは、当然のことじゃないですか!!」
途中から、天使の声は上擦っていた。
涙目になった天使が布団から身を出して俺の胸元を掴む。とても悲痛な顔で詰め寄られた。
「結人さんは、神羅ちゃんのことをどう思っていたんですか!? 本当に義務感だけで接していたんですか!? 素直になれなかったのは、結人さんも同じじゃないんですか!?」
「…………」
「神羅ちゃんは、大好きな結人さんに愛してもらいたかったんです!! それだけで神羅ちゃんの心は救われて、前に進めるんです!! だから、神羅ちゃんのためにも、私のためにも、結人さんの愛が必要なんです!!」
心からの叫び。
天使は泣いていた。表情を崩し、自分を曝け出し、大粒の涙を流していた。
胸に顔を埋めてきた彼女を、俺は自然と抱きしめていた。
この華奢な体で、力を込めれば折れてしまいそうな腕で、今まで一生懸命に神羅の事をサポートしてきた。たった一人神羅の傍に残った、彼女の心の支えとして。
それを思うと抱きしめずにはいられなかった。
天使に言われて気がついた。
いや――違う。
本当は自分でも分かっていたことだ。
結局、俺は何も変わっていなかった。特別な立場に自惚れて、他人へ責任を転嫁して、自分愛しさに神羅を傷つけた。全てを他人のせいにして逃げていた。
本当は、彼女を心から愛してあげられなかった俺という存在こそが、元凶だったのに。
なんとか動く腕で天使を抱き寄せ、小さな頭を優しく撫でた。
「ごめん。今まで一人でよく頑張ったな。全部分かったから、あとは俺に任せてくれ」
「…………うん」
天使は初めて一人の少女として答えた。
俺のシャツを更に強く握り込んでくる彼女を見た俺は、神羅に全てを打ち明けることを決意した。




