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第51話 傷痕

 男達が視線を俺に固定し、地面を蹴り、身を屈めてもの凄い速度でこちらへ突進してきた。神羅から手を放して即座に飛び退いた俺の眼前を、殺意に満ちた安部の拳が掠める。


 次々に放たれる拳をかろうじて避けていく。

 だが、彼一人ならまだしも十人弱に囲まれて襲われれば、いくら喧嘩慣れしていても全ての攻撃を受け流すことなどできない。


 背中へタックルされて前のめりになった俺は、砲弾のような安部の殴打に胸元を貫かれ、続けざまに頬へと右フックを打ち込まれた。


「ガハッ……!!」


 【私乃世界】の命令による容赦の一切ない重い拳に、視界が霞んで膝が折れる。


 口内に滲んでくる血の味を感じながら地面に倒れそうになると、背中を蹴られ、俺の両腕を安部と金城が掴んだ。そして俺は斬首刑に課せられる囚人のような体勢で、膝立ちで地面に拘束された。


 ぼやけた視界の端に、痛々しい泣き顔で不安げに俺を見る神羅の姿が見える。


 そんな俺の前へ薫が歩み寄ってきた。

 しゃがみ込んだ薫に髪を強く掴まれて顔を上げさせられる。眼前から俺を睨み付けた薫は、俺の顔に勢いよく唾を吐きかけた。


 ねっとりとした生温かい唾液の感触と体を走る軋むような痛みに顔を歪ませる俺へ、薫は憎悪に満ちた目を向けていた。

 その顔には見覚えがあった。中学時代に常に見続けてきた、忌ま忌ましい不快感を露わにした侮蔑の表情。幼馴染みの彼女へ向けられていた、どす黒い悪意を剥き出しにした表情。


 普段の態度からは想像もできない冷め切った低い声で、薫は言った。


「結人さぁ……本気で私に好かれてるとでも思ってた? 私はただ、あんたみたいな奴に優しくしてれば周りからの評価が良くなるからつるんであげてただけ。適当にボディタッチしてれば勘違いして馬鹿みたいにパシられてくれるしさ。美結を可愛がってあげてたのもそのため。あんたにそれ以外の存在価値なんて無いから。ワンチャン私とヤレるかもとか思ってたんでしょ? ほんと勘違い童貞って気色悪いわ」


 愛の力で、俺の心を抉ることを言わされているだけ。

 そう分かっていても、確かにその言葉は俺の胸に突き刺っていた。


「…………そんなの、本心じゃないだろ。お前だって処女のくせに」


 呟いた瞬間、薫に本気で頬を殴られた。


 より一層殺気立った表情となった薫はグッと俺の頭を引き寄せ、見下しながら言った。


「なに強がってんのよ、この人殺しが」

「っ……!!」


 その一言を聞いた瞬間、左胸に抉るような痛みが走った。拍動が自分で聞こえる程に強く、動悸が激しくなっていく。


 薫が目を細め、ホラーマスクのように不気味な笑みを浮かべて顔を近づけてきた。


「ずっと仲良くしてた幼馴染みに依存されて、面倒になってアイツを殺しちゃったんだもんね。その罪悪感に苛まれて引き籠もってたんだもんね。それでやっと出てきたかと思えば、これからは人のために生きるとか臭いこと言い出してさ。マジでキモ過ぎるってw」

「ち……違う……俺は……」

「今までずっと【絶対拒否】を持つ自分を特別な存在だと思って、優越感に浸って生きてきたんでしょ? 神羅さんとアイツを重ねてたんでしょ? 本当は誰かに必要とされたい承認欲求の塊のくせに、被害者面で嫌がるふりをしてたんでしょ? 人殺しの屑野郎のくせに、偽善者ぶって悦に入ってたんでしょ?」

「俺は…………」


 頭が真っ白になった。


 薫は俺と視線の高さを合わせて、冷めた表情で告げた。


「あんたのことなんて、誰も必要としてないから」


 直後、とどめを刺すように誰かが俺の後頭部を強く殴りつけた。脳が揺れる感覚がして、意識が遠のいていく。


 瞼を閉じる直前に見えたのは、泣き腫らした目に軽蔑を込めて俺を見下ろした神羅が、背を向けて去って行く姿だった。

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