第50話 吐露
「本気で愛してくれるなら……結人のやりたいこと、なんでもしていいから」
片手で収まらないサイズの胸に指が埋もれていく。柔らかいワンピースと少し固いブラジャー越しに、弾力のある感触が五本の指へ伝わってくる。
しかし俺は神羅の手を勢いよく振り払った。
「だから、そういうのはやめろって言ってんだろ!! うざいんだよ!!」
心からの拒絶に、空気が一気に冷たく重くなる。
驚いた顔を見せた神羅の表情が徐々に険しくなっていった。
「うざいって……なに……?」
「…………本気で俺を好きでもないくせに、愛させるだ何だってくだらない理由で性欲を煽ってくるのはやめろって言ってるんだ。何が惚れさせるだ。ただ俺の心を弄んでるだけだろうが」
「くだらなくないわよ!! 私にとっては大事なことだって言ってるでしょ!!」
「…………くだらねぇよ。全人類から愛されるくせに……誰からも愛されない人の気持ちを考えたこともないくせに……。なんでお前にそんな【可能性】が判明したんだよ……」
こんなにも大きな力を持っていながら、そんなちっぽけな事に拘って。
こんなにも幸せな力を授かったくせに、その幸福さに気づきもしないで。
大きな後悔にかられた俺は、目を伏せて拳を握りこんだ。
「俺は……あの日……お前なんかに出会わなければ良かったんだ……」
「どういう意味よ、それ……」
神羅はこれまでにないキツイ目つきへと変わった。
感情を剥き出しに、憤怒を露わに絶叫する。
「ずっと一緒に居るのに、なんで私の気持ちを分かってくれないわけ!? どんだけ鈍感なの!? なんでもしてあげるって言ってるのに、なんで愛してくれないのよ!!」
理不尽な非難を叫ばれるが、だからこそ俺は落ち着いた声色で言った。
「何度も言ったはずだ。俺は誰のことも愛する気なんてないってな」
「だったら、今までなんで私と一緒にいたのよ!! 脅しなんて嘘に決まってるんだし、本気で私が嫌いならそう言えば居なくなってあげたわよ!! 私のこと好きになってくれたんじゃなかったの!? 毎日一緒に過ごして、お昼を食べて、勉強して、夜遅くまで話して、遊んで……デートにも誘ってきて……。なんで……そこまで私に優しくしてくれたのよ……」
「――哀れだったから」
捲し立てる神羅へ、俺は淡々と告げた。
「他人と純粋な関係を築けない神羅が可哀想に思えたから、【絶対拒否】を持つ俺の義務として接してあげていただけだ。俺自身が普通の生活を送るために、早く束縛から解放してほしかったから、友達の体で神羅に付き合ってあげていた。ただ、それだけだ」
「…………なによ……それ」
神羅が擦れた声を震わせる。
胸が痛んだが、それでも俺は言葉を続けた。
「だから、俺は神羅を女として好きになんかなっていないし、今後も好きになる日なんて一生こない。俺が少なからず好意を抱いていると勘違いさせたなら悪かった。俺にそんな気は一切ないんだ。脅されていたのも理由の一つだけど、それが嘘なら、もう俺に付き纏わないでくれ。迷惑だし、こうして周囲の人々が操られるのは二度と見たくない。あれだけ言ったのに、結局お前は何も変わってくれなかったしな。だから、これ以上俺の生活を邪魔するなら、俺を殺すか、俺の前から消えくれ。愛してくれなんて言われても、俺には――」
――重い。
その単語が口にでかかったところで、漸く俺は我に返った。
神羅の顔を直視して、彼女が泣いていることに気がついた。
悲しみに満ちた目から大粒の涙が溢れて、頬を伝い顎の先から滴が落ちていく。
俺は自分が楽になりたい一心で、神羅の全てを否定した。
言ってしまった。怒りなんて通り越して、悲しみに涙を流させてしまう言葉を。
もう二度と同じ過ちは繰り返さないと、そう誓ったはずなのに。
冷静になった時には、既に遅かった。
神羅が背を向け走り去ろうとしたので、その細い腕を咄嗟に掴んだ。
「ごめん神羅……違うんだ……今のは……」
「放して……!!」
神羅は俺の腕を思い切り払い除けようとするが、それでも俺は放さなかった。
「待ってくれ、俺はただ――」
「放してってば!!」
俺を睨んだ神羅は、泣き叫んで助けを求めるように、命じた。
「あんた達、結人を……傷つけてっ!!」
言葉と同時、スイッチを入れられた機械兵のごとく、無表情で佇んでいたクラスメート達の目つきが鋭く変化した。




