第47話 尋問
「――つまり、このマイクとスピーカーが一体型のイヤリングで天使に俺達の会話を聞かせ、常識人らしく振る舞うための適切なアドバイスを随時貰っていたわけか」
「…………強いて言えば、そういうことにならないこともないかもしれないわね」
「強いて言わなくてもこれ以上ないくらい適切な答え合わせだ!」
映画館を後にした俺達三人は、モール内のお洒落で有名なコーヒーチェーン店に入った。
俺の正面に神羅、神羅の右に天使という配置で四人用テーブルへ腰掛け、適当なカプチーノとパンケーキを注文し、尋問を開始した。
最初は天使が護衛でついて来ていただだけとしらばくれていた神羅だが、やがて白状したわけだ。
天使は俺達をずっと尾行してきていて、映画も死角の席でちゃっかり見ていたらしい。「キャラメルポップコーンが美味しかったです」と言っていた。余裕綽々な尾行だ。
メイド服でこんなにも目立っているというのに、見つけられなかった自分が恥ずかしい。
「やけに会話が弾むと思ったら……ほぼ天使と話していたのと同じってことだろ? そりゃ何でも知ってるし常識もあるわけだ。天使とデートしてたようなもんじゃん」
「楽しかったですか?」
「ああ、楽しかった。今度本当に二人でデートしてほしいね。マジで」
ダメ元で頼んでみる。二度と他人を愛さないと決めた俺でも天使のことなら愛せるかもしれないから仕方ない。
「デートくらい朝飯前です。所詮男は勘違いしやすい馬鹿な生き物なのです」
「ちょ、ちょっとちょっと!! 確かに天使に知識とかアドバイスは貰ってたけど、別にそれがなくたって楽しめてたでしょうが!! どうせエッチなこと考えてたくせに!!」
恥辱を受けた神羅が身を乗り出して抗議してきた。大きな胸がこちらに迫る。
興奮していたのは事実なので俺は何も言い返せなかった。おっぱいに屈してしまった哀れな男の末路である。
「冗談です。愛を以てからかってしまいました」
「うぅ……悔しい……」
「俺は天使でも同じ反応をしたけどな。はぁ。天使の私服も見てみたかったな」
「そ、そんなに私が気になりますか……? 困りました。勝負下着を用意しなくては……」
一瞬驚いた表情を見せた天使が頬を仄かに紅潮させた。照れるふりも上手いな。
「ちょっと、天使!!」
「冗談です」
ケロリと真顔に戻る天使。
そんな芝居上手なメイドと二人で神羅をからかった。
すると、ふんっと強く鼻息を吹いた神羅は長い足を組むと、カプチーノを口へ運び、ふぅと一息。
超絶ドヤ顔を見せ、瞼を閉じて呟いた。
「この店のカプチーノ、二年前に西海岸で飲んだ時の懐かしい味がするわね。悪くないわ」
何言ってんだ、こいつ。
威厳を取り戻すために無理をしているのだろうか。もとから威厳なんて皆無なのに。
「このチェーン店、日本進出に合わせてテイスト変えてるけどな」
突っ込むと、カップに口をつけていた神羅がブッと吹き出した。
自信満々だった顔を羞恥心で歪ませ、カップをテーブルに強く叩きつける。ガチャン!! と音が鳴った。
「うるさい!! 本場で飲んだことないくせに!!」
鼻尖に付着したカプチーノを天使がナプキンで優しく拭き取ってあげている。
「そりゃないけど、公式ホームページに書いてあったぞ?」
「っ……!! そんなことない、本場の味なのっ!! ね、天使!!」
「はい、本場の味です。結人さんは本場の味も女の味も知らないローカルな童貞野郎です」
「後者は関係ないだろうが!」
「バーカバーカ!! ローカル結人のバーカ!!」
「普通の高校生はサンフランシスコなんて行ったことないんだよ!」
しかも神羅達は国民の税金で飛び回っていたくせに。
罵倒して多少なりとも満足したのか、神羅は落ち着きを取り戻して椅子に座り直した。
「ふん。どうせ私は自分一人じゃ何も出来ない、愛されない女よ。悪かったわね……」
自虐した神羅が、腕を組みそっぽを向いて拗ねてしまった。
勝ち気な態度を取ってはいるが、その紅蓮の両眼は二日前に保健室で見たのと同じように悲哀を帯びて泣きそうだった。
どうしたものかと思案していると、天使がジト目を向けてきた。文句ばっか言わないで神羅を褒めろと目で語っている。
分かったよ。俺が悪かったよ。
「冗談だ。からかっただけだよ。話を合わせてくれたり、他人を気遣って常識的な行動をしてくれたり、そんな神羅が魅力的だと感じたのは本心だ。それに言ったろ、ありのままでいいって。そうやって強がるところも含めて、俺は素の神羅が好きだけどな」
「…………それって、告白?」
「…………ただ、言葉通りの意味だ」
俺が本気で女性として神羅を愛することなんて、ありえない。
全てを受け入れたせいで、何よりも大切にしたせいで、逆に彼女を失うことになる――そんな過去の過ちは、二度と繰り返したくないから。
そんな俺の葛藤が通じたわけではないだろうが、神羅は悔しそうに頷いた。
「なら、証明してあげるわ」
「証明?」
「…………デートの続き、しなさい。天使にサポートしてもらわなくたって、私だって普通にデートくらいできるんだから。それでデートが楽しかったら、私を愛しなさい!!」
顔を逸らして言われた。
その頬がほんのりと赤に染まっている。
そんな神羅の子供っぽい表情を見て、俺は思わず微笑んだ。
視線を移すと、さっきまで横に座っていたはずの天使の姿は既になかった。
「ほら、行くわよ!」
そう言って強く手を引いてくる神羅と、今度こそ二人でデートを再開することになった。




