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第46話 イヤリング

 そして気づけば映画も終盤。

 山場となる戦闘シーンだ。


 本気を出したピエロが『ハット』というタイトルを無視して邪魔な帽子を脱ぎ捨てて全力で暴れだした。鋭い牙を剥いたピエロが少年の頭に囓りつき、食い千切る。

 膨大な血飛沫をまき散らしながら頭の左半分を失った少年が白目を剥いて倒れ、次々と少年達がピエロに食べられていく。


 それを見た神羅は体を竦めて「ヒィッ!!」と声を上げ、思わず俺の腕にギュッと抱きついてきた。


 本気で怖がって震える神羅は胸を強く押しつける形になっていることに気がついていないらしい。

 腕が弾力ある胸の感触で満たされる。ずっとこのままでいたい。


 その後も神羅は俺にひっついてビクビクしながらスクリーンを見ていた。生々しい描写が挟まる度に腕を抱く力が強まり、腕が柔和な胸に埋もれていく。


 映画は、少年の一人がハットを拾って暴走し、仲間達ごとピエロを屠って新たなピエロとなったところでハッピーエンドに終わった。壮大なエンドロールに切り替わる。


 上に流れていく文字列から右隣の神羅へと視線を移すと、目が合った。

 

 依然として俺の腕は神羅の胸に触れている。

 すると女体の柔らかさに現を抜かしていることがばれたのか、神羅は暗闇でも分かるくらい顔を紅く染め、俺を強く突き放した。


 だが勢いがつきすぎたようで、神羅は反動で反対側の手すりに脇腹をぶつけて「ゴフッ」と低い声を漏らした。

 前のめりになって脇を抱えて悶えている。


 何をしているんだ、こいつは。


「大丈夫か?」

「だ、だいじょう……ぶ……」


 そこで神羅がハッとした表情を見せた。

 脇腹を摩りながら、焦りを露わにキョロキョロと床を確認している。どうしたのか聞くも「なんでもない」と誤魔化された。


 映画が終わり照明が点灯すると、俺はポップコーンなどを片付けながら立ち上がった。


 他の客達がぞろぞろと出口へ向かっていくのを横目に尋ねる。


「さっきはどうしたんだ?」

「え!? な、なにが? なんでもないわよ?」


 神羅は何故か顔を横に逸らした。

 白々しい。いくらなんでも怪し過ぎるだろ。


 顔を背けた方に回り込んで、神羅に変わったところがないか強引に観察すると――


「イヤリング外したのか?」

「イ、イヤリング……? ナニソレ? オイシイノ?」


 露骨なすっとぼけ方をされた。口調が片言になっている。なんて嘘が下手なんだ。


「そうか、さっき暴れてた時に落としたんだな」


 察して、辺りを見回してみる。


「べ、別にいいわよ! 高い物じゃないし! 帰りましょ!」


 落とした物を拾ったりするのが貧乏くさいとでも思っているのだろう。金持ちの体質は抜けていないらしい。

 本人のためにもこういう価値観は是正してあげないと。


「物は大切にしないとだめだろ。大丈夫、すぐ見つかるって。周りには俺らしかいなかったんだし、こうやって隅々まで探せば……」


 四つん這いになって神羅の座席下の隙間を覗き込む。

 すると、照明を反射してキラリと紅く光る菱形の物体が見えた。


「ほら、あったぞ」


 手を伸ばして掴み、立ち上がる。

 埃がついているだろうと思って息を吹きかけハンカチで拭うと、そこで気がついた。


「ん? これ、何か音が出てないか?」

「へっ!?」


 神羅がギクリと目を見開いて硬直した。


 ノイズを発する綺麗なイヤリングを右耳へと近づけてみる。

 すると――


『神羅様、何かありましたか? 会話が聞こえません。……イレギュラー発生と判断し、一番スクリーン内へ戻ります』


 天使の声が聞こえた。


 すかさず階段下にあるスクリーン脇の出入り口へ視線を移す。


 すると直ぐに、出入り口から小さな頭部がひょいっと覗いてきて、顔の上半分だけ露出させてきた天使と目が合った――瞬間、ツインテールを跳ねさせながら天使の頭が引っ込んだ。

 刹那の早業だ。視線を固定していなければ幻覚だと錯覚してしまったことだろう。


『ふぅ。危うく見つかるところでした』


 そう発するイヤリングに口を近づけて言う。


「おい、天使」

『結人さんに見つからないくらい朝飯前です』

「おい、天使」

『きっと気のせいだと勘違いしたはずです』

「おい、天使」

『所詮男は勘違いしやすい馬鹿な生き物なのです』

「全部聞こえてんだよ! お前わざとやってんだろ!」


 確信を持って言うと、再び天使が顔を覗かせてきた。今度こそしっかりと目が合う。


 神羅へ視線を戻すと、ばつの悪そうな苦笑いを浮かべて佇んでいた。

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