第43話 待ち合わせ
明麗駅の南口には俺達が通う明麗高校のスクールバス乗り場がある。
バス乗り場の脇にはシェルター付きベンチが点在する広いスペースが用意されており、街灯一体型の高い時計が聳えている。常に明るくて人通りが多く、昼夜問わず学生の待ち合わせに最適な場所だ。
日曜日の今日、その約束場所へ俺は三十分前に着いていた。
五分前に来るつもりが、気がつけばこの時間に此処に居た。
朝早く目が覚めて、シャワーを浴びて、服を選び直して、外見を何度も確認して、無駄に早く来たが――それらは映画が楽しみだったからだ。決してデートへの期待ではない。
それに、あの神羅が相手だからこそ、こちらが模範にならなくてはいけないのだ。
今日はよく晴れていて風も気持ちいいし、最高の外出日よりだ。
もしかすると金城が働いたのかもしれないな、なんて思いながらロータリー方面へ顔を向けた。
日曜日でも明麗高校のスクールバスは運行している。
ギグバッグを背負う制服姿の生徒もいれば、鞄すら持たない身軽な私服でバスに乗り込んでいく生徒も見られる。皆それぞれの部活動や自主練にでも行くのだろう。青春を謳歌していて羨ましいよ。
入学から約一ヶ月経ち、もうすぐ五月。
結局、神羅の呪縛から解放してもらえないまま入部の時期は過ぎ去ってしまったので、俺は高校でも帰宅部に甘んずるしかなさそうだ。
約束の五分前丁度に、俺の正面の道路に見覚えのある漆黒の高級車が着いた。運転しているのは京子さんだろう。
後部座席のドアから見慣れたメイド服の天使が降りてドアを固定すると、そこから黄金色の髪を靡かせる少女が降りてきた。
一瞬、誰かと思った。
髪を結び、純白のワンピースを着て、瞳と同じガーネットの宝石のような菱形イヤリングを付け、麦わらのトートバッグを持っている美少女。
改造が施された派手な制服を着る普段の高圧的なイメージからはかけ離れた、清廉さを感じさせる姿の神羅だった。
恭しく頭を下げる天使に手を振って別れた神羅が、こちらへ歩んでくる。
神羅の素材の良さと、あしらわれた超高級であろう服や装備品が最高にマッチし、鳥肌が立つ程に似合っていた。こんな女神のような美人の横を歩く権利が俺にあるのだろうか。
俺の前に立った神羅が、小恥ずかしそうに言った。
「ご、ごめん。待たせたわね」
まさかの謝罪。
神羅が他人に謝る姿を初めて見た。
こいつ、本物の神羅か?
別人が演じているんじゃないだろうな?
天使なら「変装なんて朝飯前です」と言ってやりかねないが……今も向こうに立っているからそれはないか。
「いや、俺もさっき来たところだから」
遠慮してしまった。
いつも時間にルーズな神羅のことだから、今日も遅刻されて「五分前集合が常識なんだぞ」って注意してやるつもりだったのに。反応に困る。
「髪型、似合ってるな。可愛くて別人かと思ったくらいだ」
「あ、ありがとう」
胸の高鳴りを否定するために敢えて恥じらいを捨てて褒めたら、顔を真っ赤にして照れられた。
なんだこれ。
とんでもなくやりづらいし、とんでもなく可愛いんだが。クソ。
神羅はまだ、愛させるためのアピール作戦を継続するつもりということらしい。
「じゃあ行くか。時間はまだまだ余裕だから――。どうした?」
気持ちを切り替えて映画館へと向かおうとしたが、神羅はその場に立ち止まっていた。
ばつが悪そうに目を泳がせた後、俺に視線を戻して言う。
「はぐれないように、手繋いでいい……?」
「むしろ抱きしめさせてくれ」そう言ってしまいたくなる程に心を掴む上目遣い。
一昨日のコネクトの件を今持ち出すのは無粋にも程があるだろう。
俺は喉に出かかった否定の言葉を嚥下し、神羅へ目を合わせずに無言で左手を差し出した。
そして手を繋ぎ、俺達は映画館へ向かった。
天使は胸の前で小さく手を振るだけで、今日は神羅の斜め後ろに付いてはこないようだ。一緒に来ればいいのに。
一応デートだが、恋人繋ぎじゃないのが残念だ。
いや、何を期待しているんだ俺は。
どうして同じ人間なのに女子ってだけでこんなにも柔らかいのだろうか。手を繋いでるだけで気持ち良いが、神羅が本気じゃないと分かっていてるからこそ悲しくなってくる。
本当、世界って残酷だ。




