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第40話 軽蔑

 神羅を抱えて来た厚生棟一階の第二保健室は予想よりもかなり広く、無人だった。


 入って左側にピンク色のカーテンで仕切られたベッドが間隔を空けて四つあり、右側には大量の書類が散乱している事務机や大きな薬品棚だけでなく、談笑できるように幾つもの椅子が並んだドーナツ型テーブルも用意してある。


 ソファと大型テレビに加えて、お菓子まで置いてあるから驚きだ。

 保健室登校というものをする学生が出てくるのも納得だった。


 しかし養護教諭が居ないのは妙だ。常に一人は在室しているものとばかり思っていた。


 俺は神羅をベッドに座らせると、濡らしたタオルで傷口を拭き、救急箱から取り出した消毒液をかけ、ガーゼ付き絆創膏を貼って、上から包帯で巻いていく。


 ふと、何故ここまでしているのだろうかと疑問が浮かんできたが、神羅には一人で怪我の手当てなんて絶対に不可能だし、致し方ない。


 恭しく処置をしていると、しばらく黙りっていた神羅が口を開いた。


「…………軽蔑した?」

「軽蔑……? なんで?」

「私……下手だったし……」


 俯き、ベッドのシーツを強く握りしめている。


 なんと説明したものかと考えながら処置を終えた俺は、神羅の左隣に腰掛けた。


「そんなことで軽蔑するわけないだろ。誰にだって得意不得意はあるんだ」


 言うも、神羅は納得できなかったようで、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「でも……私は結人と違って、【可能性】がないと何もできないのよ……。勉強も、ゲームも、運動も……全部ダメ。本当の私は何もできなくて……【可能性】がなきゃ誰にも愛してもらえない人間だから……こんなにずっと一緒にいる結人にも、好きになってもらえない……」


 紅の瞳を更に赤く充血させて潤わせた神羅が、顔を伏せて言った。


 それは、神羅が初めて俺に漏らした本音のようだった。


 気付いた。この少女が普段見せていた強気で傲慢な態度は、【可能性】のない素の自分は誰からも愛されない存在だというコンプレックスの裏返しだったのだと。


 何もできない自分なのに無条件で他人から愛されてしまうのは、逆に否定されているのと同じで……。神羅は他人を嫌って見下すことで、自分自身を否定していたんだ。

 そうしないと、日々募る劣等感を払拭できなかったのだろう。


 涙を流す神羅を見て俺は、もっと、今まで以上に優しくしてあげなくてはと思った。


「女子は良いよな」

「え……?」

「女子ってだけで、どんな要素もプラスになるだろ? 協調性が無い女子はマイペースで、傲慢な女子は自信に満ち溢れていて、頑固な女子は信念があって――皆、魅力的だ。もしこれが男だったら全部マイナス要素だぞ。でも女子なら、どんな要素も魅力の一つになる。神羅みたいな可愛い女子なら尚更にな。羨ましいよ」

「…………結人も、女の子に生まれたかったってこと?」


 神羅は、俺が何を言いたいのかいまいち分かっていない様子だった。

 これも男なら読解力のない馬鹿でしかないが、彼女なら天然でアホの子という魅力の一つになっているから女子は卑怯だ。


「つまり――ありのままの神羅で良いってことだよ。運動できる女子は格好良いけど、運動できない女子は、可愛いと思うぞ。それに元々神羅は誰よりも可愛いんだし、そういう欠点も含めて魅力の一つだろ。だから、泣かないでくれよ」


 ガーゼを取り出して、神羅の頬を伝う一粒の涙を拭った。

 目元を優しく拭き取ってあげると、神羅と目が合った。運動の火照りと疲れが残っているのか、神羅は陶酔したような目で、顔を真っ赤に染めて俺を見つめていた。


「…………抱きしめて」

「え?」


 唐突なお願い。

 このタイミングで愛させる作戦か。無駄だと言っているのに。


 断ろうかと一瞬考えたけれど、涙の痕をつけて懇望する神羅の顔を見た俺は、何も言わずに彼女を抱きしめた。彼女の願いを聞いて満足させてあげなければ解放されないのは事実だから、仕方ない。


「結人は……私のこと……好き?」

「…………ああ、友達としてな」

「…………そう」


 神羅が「友達……」とポツリと呟くと同時、事務机にある電話が鳴った。思わずビクリとして神羅から離れる。


 顔を見合わせて少し待つが、鳴り止む気配がない。

 無視するのも気持ちが悪かったので、立ち上がって受話器を取ってみた。

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