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第3話 トラウマ

「それにしても、専用バスで送迎っていうのはこの学校らしいよな」


 近年は国を筆頭に多くの機関や財閥などが【可能性】の研究を推進し、【判明者】を手堅く保護する制度や設備を整えている。

 俺たちが今日から通う明麗高校もその一つだ。

 以前は日本有数の規模を誇る私立工科系大学だったが、国の援助も得て改築を重ね、判明者の支援に重きを置く高等学校へと変化した経緯があるらしい。


 俺の言葉を受けた薫が、車両の前方上部にある巨大なモニターへ視線を移した。


「贅沢だよね。あんな大きいテレビまで付いてるし」

「テレビじゃなくて液晶ディスプレイだけどな」


 画面では朝の報道番組が字幕付きで流れている。

 なんでも、【爺婆俺電じじばばおれでん:八十歳以上の老人へ電話越しに「俺だよ」と言うと息子だと誤認される】の判明者の男がオレオレ詐欺で逮捕されるなんていう今時珍しい報道だ。

 まるでその手の犯罪に特化しているかのような判明者だが、同情の余地はない。

 詐欺をするくらいなら親孝行の電話サービスでも始めればよかったものを。


「珍しい【可能性】だよね。詐欺は良くないけど、なんか笑っちゃう」


 彼のように精神干渉系の【可能性】は珍しいが、他人の常識や認識に錯誤を起こす類の判明者は少なからず実在する。

 場合によっては、そんな【可能性】の影響を受けている事実に一生気付かない事態もあるのが恐ろしいところだ。


「明麗にも色んな【可能性】の奴が居るだろうな」

「でも、ああやって人の心を操っちゃう【可能性】は少し怖いなぁ。もし私が操られたら、結人が守ってくれる?」


 エヘヘと照れ笑いを見せる薫は美少女だし不安に思う気持ちは分かる。

 十八禁のエッチな漫画みたいに女性が洗脳されて弄ばれてしまうなんて事例は聞いたことがないし滅多に起こり得ないだろうが――。


 それでも、現に俺は去年までの六年間、薫を含めた周囲の人々がとある稀有な【可能性】の影響で心を操られてしまう様を間近で見続けてきた。嫌と言う程に。

 その過去は俺の心に深い傷跡を残し、今でも少し触れるだけで左胸が強く痛む。


 高校でも、あの頃のような出来事が起きてしまうんじゃないか……?


 嫌な予感と思い出が頭を過り、動悸が激しくなってくる。

 冷や汗を流しながら、俺は平常心を装って言った。


「あ、ああ……。でも……学校側で【可能性】を悪用できないように手配してくれているはずだし、確かホームページにもそういう懸念への回答があった気がする……」


 少し声が裏返った。

 気を紛らわすため、空いていた手でスマホを取り出して学内サイトを閲覧する。内容が頭に入らないまま流し見でページを進めていくと、薫が俺の腕を更に強く組んできた。


「見た目に反して優し過ぎるんだよ、結人は。だから自分が傷ついちゃうんだよ」


 上目遣いで言われた。相変わらず一言余計な奴だ。

 引っ張られた手がスカートの股の方へ誘導され、手の甲に太股がやんわりと当たる。わざとではないのかとも思うが、これが素なのだから薫は恐ろしい。


 しかし、含みのある言い方だった。一年前の、あの出来事を指しているのだろう。

 そう悟った俺へ、薫は言った。


「結人は何も悪くないんだよ。アイツが全部悪いんだから、気にしないでいいの。だから、もうアイツのことは忘れてさ、一緒に高校生活を楽しもうよ。ね?」

「…………ああ、そうだな」


 アイツ。

 その薫の言葉を聞いて左胸の奥に刺すような鋭い痛みが走ったが、俺は無理に苦笑いを作って誤魔化した。


「あ、見えてきたよ!」


 薫が腕から離れて窓の外を覗き込む。今日から俺達が通う明麗高校の校舎が視界に入った。


高校生活の舞台になるとは思えない程に高く巨大な、十五階まであるガラス張りの研究棟が聳えている。

 凸の形でキャンパスの象徴でもあるあの建物が、俺達が主に利用する事になる校舎だ。中には大規模な合同授業用の視聴覚ホールや、【可能性】に関する研究を進めるバイオテクノロジーセンターなども内包しているらしい。


「何回見ても凄い場所だよね!」


 学校説明会などで何度か訪れてはいるものの、やはり壮大だ。

一目見ただけで、これから待ち受ける高校生活への期待で胸が膨らむ。それは俺だけではなかったようで、薫や他の新入生達も明るい顔を見せて活気が増してきた。


 段々と校舎が近付き、バスが高校の敷地内へと入った。

 キャンパス内部は広大で、何棟もの巨大な建築物はおろか噴水や銅像まである。

 学内にはネットカフェや多くの飲食店が入るフードコートや本屋まで、これでもかと学校生活を充実させる設備で溢れているし、それを入学理由としている非判明者の生徒達も多いらしい。


「敷地内を散策するだけで丸一日かかりそうだな」

「私、説明会の時は全部回れなかったんだよね。後で一緒に見て回ろうよ」

「そうだな。俺もそうしようと思ってたし」

「やった! 初めての学内デートだね!」

「最初で最後のな」

「なんでやけに辛辣なの!?」


 決めたからだ。

 一年前、この世で唯一愛していた幼馴染みの少女と別れたあの日に。


 俺はもう二度と、他人を愛したりはしないと。


 だから俺が女子に恋心を抱くこともない。

 それに天然で魔性の女である薫の言葉はいちいち真に受けていられない。中学時代は何人の男子が勘違いして告白し呆気なく撃沈したことか。


 入学式会場である体育館に一番近いバス乗り場で下りると、数人の教員と先輩達が誘導をしていた。


「新入生の皆さん、おはようございます! 各自、体育館前の掲示板で自分のクラスを確認後、館内にて着席し式の開始まで待機してください」


 誘導に従って辿り着いた体育館前は多くの新入生でごった返していた。

 体育館の入り口前に設置されている巨大な電光掲示板を見上げ、学生証に記されている学籍番号と掲示板に映るクラスを照らし合わせている。


 俺と薫も周囲に倣って、自分のクラスを確認した。

 判明者達は専用クラスに配属されるため、隣接する異なる掲示板に映っていた。


「俺は……Cクラスだな」

「私もC!! やったー、遂に一緒のクラスだね!! これで匂いを嗅ぎ放題だよ!!」

「分かったから抱きつくな! それに嗅ぎ放題じゃない!」


 隙あらば密着してくる薫を押さえ込む。

 親交のある俺達が同じクラスなのは、合格発表後の面談で俺が中学生時代に周囲から浮いていた事を知った学校側が便宜を図ってくれたから……かもしれないな。


 そんなわけで俺達は巨大な体育館内に入り、ちょうど体育館中央やや前方の新入生用に用意された座席へ薫と隣り合って腰掛けた。

 やがて時間になるとアナウンスされ上級生達も入場し、入学式が開始された。


 初老の校長が壇上に上り、式辞として学校理念や【可能性】についての意識や扱いなどについて長話を始める。

 しかし話の中身が頭に入ってくるわけもなく。

 これが噂で聞いていた校長の話は長いってやつか……。

 なんて思っていた――その時だった。


 唐突に、話が中断された。


「…………?」


 俺はよそ見していた視線を壇上へと戻した。

 演台に居た校長が舞台袖へ顔を向ける。

 直後、誰かに何かを指示されたように、足早に舞台を降りて姿を消した。


 左隣に座る薫が訝しげな表情を浮かべ、熱い吐息混じりに耳打ちしてくる。


「どうしたんだろう? 何かあったのかな?」

「さぁ……。あんな急に話を中断するなんて只事じゃなさそうだけどな」

「お腹が痛かったのかも」

「いや、にしては異様な雰囲気だった。爆発物でも見つかったのかもしれない」

「考え方が物騒だよ!」


 なんてヒソヒソ話していると、皆が同じ事を思ったようでザワつきが広まっていった。


 そこで、ステージの舞台袖から一人の少女が姿を現した。


 他の生徒の制服とは装飾が異なる、金と紅の刺繍が施された制服姿の少女。

 その派手に魔改造された特注仕様らしき派手な制服を着る少女は、腰まで届くボリューム有る金髪を靡かせながら、威風堂々とステージを横切って演台へ歩み、こちらを向いた。

 透き通るような白い肌と、ガーネットのような真紅に輝く眼を持つ、思わず息を呑む美少女。

 漂う雰囲気が凡人のそれではなく、何処かの国の皇女ではないかと思える。


 そんな彼女に誰もが目を奪われ言葉を失っていた。

 すると少女が演台へ両手を突き、マイクへ向けて淡々と言い放った。


「私は新入生の万象神羅よ。名字は嫌いだから、私のことは神羅様と呼びなさい」

「神羅様……? 誰だ、あれ。新入生代表か?」


 にしては登壇タイミングがおかしいし、校長の話を中断する理由にはならないが。

 疑問に思うのも束の間、神羅が告げた。


「全員、私を愛しなさい!!」

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