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第38話 ボコボコ

 俺は神羅と天使と共にテニスコートに来た。


 当然テニスは体力測定の種目ではないが、だからこそコートは無人で、他人嫌いの神羅でも嫌がらないと思った。


 それに先日公園に行って金髪碧眼の少女と遊んだ時の事を思い出してからというもの、彼女とやったようにボールを使ったスポーツをしたかった。

 ついでに、薫とテニス部に行くのを邪魔された意趣返し的な目論見も。


 俺の安い挑発にまんまと乗せられた神羅が、天使に髪の毛を束ねてもらっている。その朱色のヘアゴムはどこから取り出したのだろうかと疑問に思っていると、ポニーテールになった神羅がラケットを俺に向けて告げた。


「結人は男子なんだから、ハンデが必要よね。一点でも入ったら結人の負けだから!」

「一点? 一ゲームのことか? まさかポイントじゃないだろうな」


 いくら相手が運動神経「も」悪いであろう神羅とはいえ、一ポイントくらいはまぐれで取られることもありそうだ。


「ポイントって?」

「だから、ラブとかのことだよ。いやソフトテニスはゼロからだっけ」

「ラブ? つまり……私を愛してるってこと……?」

「違ぇよ! 家にテニスコートあるくせにルール知らないのかよ!」

「し、仕方ないでしょ!! テニスなんて小さい頃に少しやった事があるだけだもん」


 そう頬を膨らませる神羅へルールを説明してやったが、やはり理解不能という様子。

 なので彼女の知能指数に合わせて、細かい事は抜きにして十ポイント先取した方が勝利という簡単なルールを制定。


「じゃあハンデで結人は一ポイントでも取られたら負けね」

「いや、流石にそれは……」

「あれだけ私を馬鹿にしてきたんだから当然でしょ。それとも私に負けるのが怖いの? 男子なのに女子に負けちゃうのが怖いの?」

「…………いいだろう」

「決まりね!」


 るんるんと上機嫌にコートの反対側へ向かう神羅。


 俺自身が安い挑発に乗せられてしまった事に少し後悔。

 もしかして、マジなのか……?


 ヤバいかもしれないと思い、俺はまだ隣に居た小さなツインテールメイドに訊いた。


「神羅の奴とても運動神経抜群には見えないけど、本当なのか?」


 微かな不安からの質問に、天使は俺を見上げて変わらぬ表情で告げた。


「結人さんは神羅様を甘く見すぎです。驚愕するはずです。ボコボコです」

「ボコボコ……」

「なので何が起きても責任は結人さんがとってください」


 息を呑む俺を置いて、審判台へ軽々と跳躍して座る天使。どんなジャンプ力だ。

 あいつが敵じゃなくて良かったが、こうなると天使の雇い主である神羅の事も侮れなくなってきたぞ。


 俺は神羅を何の取り柄もない我が儘娘だと思っていたばかりに、考えを改めた。


 もしかすると、あの傲慢さと他人を見下す性格は【可能性】の影響ではなく、突出して秀でた運動性能を持つがゆえの驕りだったのかもしれない。


 ネットの向こう側に立つ神羅を見る。

 腕をクロスさせて伸ばしたり、後ろで手を組んで胸を張ったり、ストレッチをしている姿はまさにアスリートだ。こちらへ向けられている眼差しは真剣そのもので、とても茶々を入れられる雰囲気ではない。


 その姿は俺の中の神羅のイメージを瓦解させ、胸を強く高鳴らせた。


 今までも容姿だけは可愛いと思っていたが、こんな感覚は初めてだ。

 ダメダメ美少女の意外な一面に心を鷲掴みにされる感覚。これがギャップ萌えってやつなのだろうか。


 なればこそ一切手加減はできない。

 賭けをした以上、絶対に負けられないんだ。


 俺は何度かラケットでボールを地面へ打ち付けて慣らした後、ボールを握った。


「ゲーム同様、本気でいくぞ神羅!」

「かかってきなさい!」


 覚悟を決めた俺はボールを真上に投げ上げ、全力でサーブを放った。


 超がつく程に久々のテニスだが、かなり手応えのある一球。

 パァンと風船が破裂するような音を出して放たれたボールが風を切り裂きコートに突き刺さる。


 バウンドしたボールの先には神羅が待ち構えていて、ラケットを握る腕を勢いよく振りかぶった。


 ――が、物の見事にそれは空振り、俺の放った速球は神羅の顔面へとクリーンヒットした。


「ギャッ……!!」

「あっ!!」


 体育館で転んだ時と全く同じ素っ頓狂な声を出した神羅が後ろにバタリと倒れた。


 ど、どうしよう……。


 困惑しながら天使を見る。

 いや、お前はなんで素知らぬ顔で律儀にスコアボード弄ってんだよ! 月に七桁も貰ってるんだから主人の元に駆けつけてやれよ!


 メイドがすこぶる薄情な奴だったので、俺は慌てて神羅の元へと駆け寄った。


「おい、大丈夫か!?」

「ん……んぅ……」


 手を差し伸べて引っ張ってあげると、神羅は額を押さえながら上半身を起こした。


「何処に当たった? 怪我はしてないか?」

「んん……おでこ……。大丈夫……大丈夫……」


 神羅は少しフラフラしながらも立ち上がり、うわ言のように大丈夫と連呼していた。少し不安だが、本人が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。


 一応勝負中ということもあり、俺は軽い罪悪感に苛まれながらも持ち場に戻った。


 次のサーブは神羅の番だ。


 ダイレクトアタックを受けた神羅は怒りのままに剛速球を繰り出してくるかもしれない。俺はスタンスを広く取り腰を落として身構え、黄色のボールが辿る軌跡を完璧に捉えるべく目を見開いた。


 神羅がボールを真上に高く投げ上げる。

 そして落下してくるボール目掛けてラケットを思い切り振り下ろした。


 ――が、またしてもそれは空振り、ボールが神羅の顔面へと直撃した。


「ギャッ……!!」

「あっ!!」


 後ろにバタリと倒れる神羅。

 審判席を見る俺。

 そしてスコアボードを弄る天使。一度のサーブミスでポイント失点かよ。手厳しいな、おい。


 確かに天使の言った通りボコボコだななんて思いながら、俺は再び慌てて神羅の元へと駆け寄った。


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