第37話 提案
俺の前に来た神羅が片腕を抱き、恥ずかしそうに視線を逸らす。
「ど、どう? 着てきてあげたわよ。いい加減私を愛する気になった?」
「ああ、よく似合ってる。まぁ神羅は基本的に何を着ても可愛いだろうけどな」
「そ、そっか……」
求められる言葉をかけたつもりだが神羅は胸を張らず、何故かモジモジした態度だった。
「天使が着替えてこなかったのが残念だ」
「結人さんはメイドルートのバッドエンドをご希望ですか?」
「ハッピーエンドは存在しないのか……」
心からの落胆と絶望の声が漏れてしまった。サブルートとして存在するかと思っていたのに。むしろ俺の中ではメインヒロインという認識ですらあったのに。
「今日は体力測定らしいぞ。折角着替えてきたんだし、神羅も参加してこいよ」
既に俺達以外の生徒は皆グラウンドの各地に移動していたので、俺は百メートル走をしている女子の方を肩越しに振り返りながら提案した。
公園で出会った少女のことを思い出して以来、彼女によく似ている神羅がどれくらいの身体能力を持っているのか俺は興味があった。
それが神羅を体育に参加させたい理由だった。
「体力測定なんてつまらないわ。どうせ私が一番の成績になるように記録されるしね」
不正な記録を捏造するなんて卑怯だ――と思ったが、神羅の場合は判明者としてスポーツに参加しても【私乃世界】で相手が愛を以てわざと負けるだろうからそう変わらないか。
「神羅は運動できなそうなのにな」
意地悪な笑みを浮かべて言う。てっきり悔しそうに歯ぎしりでもされるかと思えば、神羅の顔は自信に満ち溢れていた。
「残念でした。私は運動神経も抜群なのよ!」
待て。「も」ってなんだよ。お前が抜群な事なんて一つもないだろうが。容姿以外。
「私がスポーツで本気を出したら誰も敵わないんだから」
「嘘つけ、トロ子のくせに。よく言うよほんとに」
「はぁ!? 何よトロ子って!! 何の根拠があって言ってるわけ!?」
よっぽど心外だったのか、ずんずんと距離を詰めて俺の胸を人差し指で小突いてきた。顔が近い。真紅の眼の中に、反射した俺の顔が映っている。
「入学式の時、躓いてすっ転んでただろ」
まだ新しい記憶なので鮮明なイメージが浮かぶ。
走るフォームと速さはとてもじゃないが運動神経が良い人のそれじゃなかったし、何もないところで躓いて無様に転んでいた。
「あ、あれは、焦っていたからよ!! それに床がでこぼこしてたし!?」
「あの時の神羅「ギャッ!」とか変な声出してたな」
「出してないわよ!!」
「いーや「ギャッ!」って言ってた。首を絞められた間抜けな鶏みたいな声だった。本当は運動音痴なんだろ?」
運動音痴という煽り文句はシンプルながら効果抜群だったらしい。
屈辱を受けて顔を真っ赤に染めた神羅が、対照的に真っ白な歯をギリギリと食いしばって睨んでくる。
「いいわ、そこまで言うなら証明してあげるわよ。私とスポーツで勝負しましょ!! それで負けた方は相手の言う事をなんでも一つ聞くの。だから私が勝ったら、私を愛しなさい!!」
まさかの提案だった。
なら俺が勝ったら天使を貰お――じゃなくて、この孤立状態から解放してもらうとしよう。
「面白い、いいだろう。競技は何にする?」
「何でも良いけど、走るだけとかのつまらないのは嫌。やってて楽しいのじゃないとね」
「そうだな……。じゃあ……テニスなんてどうだ?」




