第34話 あの日
その日の二十二時。
俺は自転車で一時間ほど夜道を走り、とある国営公園にやって来た。
そこはサイクリングコースやドッグランやボートハウスなどもある巨大な公園で、園内で最大の面積を占める広大な原っぱの中央には、公園のシンボルである欅の大木が聳えている。
夕方には閉園するので本来なら夜は入園できないが、世界から締め出されていた俺にとっては法律やルールなんて律儀に守る義務も意味もなく、中へと入った。
売店も閉まっているのを確認しながら、無人の原っぱを歩いて中央へ向かう。
家族連れでピクニックに来たり、一人で自然を感じに来たり、友達と遊びに来たり――昼間であれば沢山の人々が集う原っぱだが、今は誰一人として居らず閑散としている。
街灯はないが、燦然と輝く無数の星々と月明かりが草木に藍色の光を浴びせてくれていて、視線の先には巨木のシルエットが見えていた。
ここに来た理由は、神羅と遊んだことで忘れかけていた昔の思い出が蘇ったからだ。
小学三年生の夏休み。
妹が風邪を引いて家族旅行が中止になった俺は、幼馴染みの少女と共に、彼女の両親に連れられてこの公園に遊びに来た事があった。
俺達は、今日は閉まっていたあの売店でフリスビーやバトミントンやキャッチボールのセットを買ってもらって、二人で遊んでいた。
そしたらキャッボールの最中、彼女が大暴投したボールが飛んでいった先に、一人の少女が座っていた。
金色の髪と青色の瞳を持つ白いワンピースを着た綺麗な少女が、大欅の根元で本を読んでいた。それは絵本の一場面に出てきそうな光景で、俺は見蕩れてしまった。
けれど、よく見ると少女はムスッとした表情をしていて退屈そうで、彼女の少し後ろには、背の低い黒髪の少女が木に隠れて様子を窺うように佇んでいた。
転がってきたボールが金色の髪の少女の靴に当たり、彼女が顔を上げた。
そして青色の瞳と目が合った俺は、ボールを拾った後に、思わず声を掛けたんだ。
『何してるの?』
すると少女は一瞬驚いた表情を見せて、また本に視線を落としてぶっきらぼうに答えた。
『見れば分かるでしょ。本を読んでるのよ』
『せっかく公園に遊びに来たのに?』
『来たくて来たんじゃないわ。ご機嫌取りのために連れてこられただけよ。そのくせ肝心のパパとママは仕事が入っちゃって結局来られなくて……全部世話係任せだし』
青い目を伏せた少女はとても悲しそうに見えた。きっと両親と遊びに来るのを心から楽しみにしていたのだろうと、他人の俺にも分かるくらいに。
『そっか。でもどうせ来たなら楽しまないと損だよ。そっちの子は友達?』
『……友達じゃないわ。ただいつも一緒に居るだけの、幼馴染みよ……』
『それを友達って言うんだよ。俺も幼馴染みと遊びに来たんだ。あ、こっち来た』
後ろから幼馴染みが走ってきて、俺の隣に並んだ。
そんな幼馴染みの瞳は太陽みたいに輝いていて、金髪の少女の瞳は空みたいに透き通っていて。二人は凄く対照的で合わさったら完璧なのかもしれないなと、そんなことを思った。
『結人、何話してるの?』
『せっかく遊びに来たのに本を読んでるだけって言うんだ。勿体ないよな、そんなの』
『うるさいわね……。もういい加減にあっちへ行っ――』
『だからさ、俺達と一緒に遊ぼうよ』
その言葉を聞いた少女は、ぽかんと口を開けて驚いたんだ。




