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第33話 京子さん

 確か四人で遊んだあの時は――


「式上結人さん」


 突然名前を呼ばれ、夢想を止めて顔を上げた。


 京子さんは変わらず真っ直ぐ正面を見つめて運転しながら俺に訊いた。


「神羅様を愛していますか?」


 平坦な声色だが、その分感情が読み取れない。これは雑談なのか、純粋な疑問なのか、裏の意図があるのか。あとで神羅に報告するのかもしれない。


 分からないけれど、俺は正直に心情を吐露することにした。


「大切な友人だとは思ってます」


 神羅は俺の求める平穏を破壊する厄介者ではあるが、俺自身が元々他人の面倒を見るのが好きな体質もあり、神羅と一緒に居る時間を苦痛に感じていないのも事実。さっきも神羅が初体験をしたと聞いて、その架空の相手に本気で殺意が湧いてきたし。


 でも、愛と呼べる感情を抱いているかと言えば、違う。


 俺の言葉を聞いた京子さんは、変わらぬ口ぶりで言った。


「神羅様は貴方を異性として本気で愛していると思いますよ」

「はい!?」

「私の把握する限り最近の神羅様は、登下校の際も食事の際も毎日常に貴方のことばかり話題に上げています。今朝も、車中で貴方について話してくれましたし」

「…………なんて言ってたんですか?」

「いつもエッチな事しか考えていない変態のアホだから襲われないように気をつけろ、と」

「その紹介のどこに愛を感じたんですか!!」


 思わず普段のテンションで突っ込んでしまった。


「私のこともエッチな目で見ていますか?」

「見ていません! あ、いや……京子さんは綺麗なので、見ていないと言うと嘘になると言いますか……敢えて見ているわけではないと言いますか……」

「冗談です」


 ふざけんなよ、神羅の奴。

 京子さんの胸をチラ見していたことは認めるしかないが、それは男の性だ。俺はいつも卑猥なことを考えているわけないじゃない。そんな煩悩まみれじゃない。多分。


 またしてもミラー越しに胸を見てしまいそうだったので、視線を窓の外へ戻した。


「神羅様のあんな笑顔は久々に見ました。今までの神羅様は毎日退屈そうで、変わらない日々に辟易としている様子でした。しかし貴方と出会ってからは一日一日を大切に、心から幸せそうに過ごしています」


 依然としてこちらを見ることなく、真っ直ぐな眼で言われた。


 俺が神羅を幸せにしているなんて買いかぶすぎだ。

 もし俺なんかと絡んでいるだけで一人の女の子が笑顔になれるなら、これ以上ない本望ではある。それだけで俺の人生に意味があったと思える。


 けれど――だからこそ、怖いんだ。

 本気で他人を好きになることが。


「ですので、神羅様をよろしくお願いします」

「…………はい」


 にしても、京子さんは眉目秀麗で寡黙な女性でありながら、意外と雇い主想いで熱い心を持っているんだな。彼女のこの言動までもが神羅の【可能性】で操られている影響によるものだとは思えない。というか、思いたくない。


 と、しみじみと感じたところで「ただし」と付け加える京子さん。


「もし神羅様を悲しませれば――」


 悲しませれば……?


「この世から消えてもらいます」


 もう嫌だ、この人達。


 なんで今だけバックミラーで目を合わせてきたの? 絶対本気で言ってるだろ。しかも消えるってワードが不穏なんだよ。行方不明扱いで遺体も残らなくなりそうだ。


 やはり京子さんも神羅に命令されて操られているんだな。間違いない。


「冗談です」


 そこで会話の途切れを計算していたかのように、車がゆるやかに停車。

 窓を覗くと、俺の家の前だった。

 完璧なタイミングだ。流石プロ。


「ありがとうございました」


 謹んで頭を下げる。

 そして頭を上げると、左斜め前の京子さんが右腕を折ってこちらへ手を伸ばしていた。右手の細長い人差し指と中指の間に、一枚の紙が挟んである。


「名刺です。神羅様に関する事で何かございましたらご連絡ください」

「ど、どうも……」


 名刺なんて貰うのは初めてなので、取り敢えず頭を下げながら両手で丁重に受け取った。


 チラリと名刺に目を落とすと、『輿石京子』という名前がお洒落な筆記体で書かれていた。氏名と連絡先だけが書いてあるシックなデザインで格好良い。


 もう一度お礼を言った後に車を降りて、軽く見送った。


 改めて名刺を確認してみる。

 裏面を見ると、彼女の【可能性】について記されていた。


「【潜在解放:一時的に身体能力を極限まで向上させる】……。発動型の判明者だったのか」


 シンプルゆえに強力で便利な【可能性】だ。これに類似する【可能性】はテレビやネットで何度も見たことがある。性質上スポーツや格闘技に向いていて、実際にボクシングの試合を見たときは目にも止まらない速度のパンチを繰り出したりもしていた。


 そこで「消えてもらいます」という犀利な脅し台詞が頭の中で再生される。

 京子さんを怒らせたら、冗談ではなく葬られそうだ。


 俺は、彼女の言葉をしかと肝に銘じておくことにした。

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