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第32話 送迎

 帰りは運転手の京子さんが自宅まで送迎してくれるとのこと。

 申し訳ないので断ろうかと思ったが、駅まで距離があるようだし、もし遠慮して外に放り出されようものなら途方に暮れる恐れがあったので、お言葉に甘えさせていただくことにした。


 神羅御殿を出て、駐車場までの舗装された石畳を京子さんについて歩いていく。


 道に沿うように等間隔で設置された松明風の背の高い照明が夜陰を照らし、幻想的な空間を演出していた。ファンタジーの世界にいるようだ。


 石畳の外側に規則的に生えている大木が自我を持って蠢いてきそうな錯覚までしてくる。こうして視線を泳がせながら歩いていると、気づけば空間が捻れて不思議の国にでも迷い込んでしまいそうだ。


 目を移し、コツコツと靴を鳴らして前を歩く京子さんを見る。スタイルが良くて、歩いているだけで様になっていてモデルみたいだ。


 京子さんは寡黙な方のようで、まだ一言も声を聞いていない。

 さっき玄関で神羅と天使に見送られた時も、何も言わずに頷くだけだった。堅物というわけではなく、真面目で無駄を省いているだけという印象を受ける。

 だからこそ神羅に雇われているのだろう。或いは、そんな人格になるよう神羅に操られているのか……? 多分それはないと思うが。


 送迎してくれることへのお礼を言わなければいけないが、愛想笑いもせず凜凜しい顔つきでいるため声を掛けにくい。


 結局、タイミングが掴めないまま車庫に着いた。


 高級そうな車種が並んでいるが、京子さんは先程と同じ黒い車へと歩んだ。助手席後ろの後部座席ドアを開けてもらい、頭を下げて車へ乗り込む。


 京子さんが運転席へ乗り込みエンジンをかけた。

 そこで勇気を出して言ってみる。


「すみません、ご迷惑をおかけして。ありがとうございます」


 すると、バックミラー越しに目が合った。


 中性的で男の俺から見ても羨ましくなるイケメンだが、長い睫毛と薄いメイク、そしてシートベルトでパイスラッシュ状態になっていることから確かな女性らしさを感じる美人だ。


 何を言われるかと内心ビクついていると、京子さんは三秒ほど俺を見つめた後に目を逸らして、凜とした透き通る声で言った。


「いえ、仕事ですので」


 それ以上の会話は拒否するという意思を感じる淡々とした口調。俺には気の利いた返事ができる経験も勇気もないので、どうせ黙ることしかできないのだけれども。


 自宅へと向かう中、俺は車窓の方へ寄り掛かって外の景色を眺めていた。わざわざ送迎してもらっているのにスマホを弄るのも申し訳ないので、夜の街を楽しむ。 


 二人とも無言なので車内は静かな空間だが、京子さんがハンドルを切る音や、ウインカー音の耳障りが良くて、妙な心地良さがあった。

 旅行帰りに駅から家までタクシーに乗る時のような特別感。このまま夜景を楽しむドライブに連れて行ってほしい。


 しかし、さっきまで神羅達とバカみたいに騒いでいた分、急に静寂な空間に放り込まれるとなんだか恥ずかしい気持ちにもなってきた。


 電車で友達と会話が弾んで結構なボリュームでお喋りしていて、友達が先に降りてしまい、一人車内に残された後の気まずい雰囲気――に近い感覚なのかもしれない。

 イメージだ。

 俺には一緒に出掛ける友達なんていなかったから。


 にしても……友達か……。


 歪な関係だが、神羅も天使も既に友人と言えるだろう。こんなにも型破りで異常な【可能性】を持つ女の子と仲良くなる日が来るとは思わなかった。


 いや、型破りさなら、幼馴染みの彼女の方が上か。


 できることなら……四人で一緒に遊んでみたかったな……。

 そういえば、あの日は公園で四人で遊んだっけ……。

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