第31話 人生ゲーム
するとそこで、大きな棚を背伸びしてゴソゴソと漁っていた天使が目当ての物を見つけたようで、薄い長方形の白い箱を抱えて歩いてきた。
丸いローテーブルの上へと置かれたその箱は、見覚えのあるボードゲームだった。
「人生ゲームか。懐かしいな」
「ええ。結人がお金の使い方を覚えろって言うから、これで勉強してたのよ!」
色々と間違っている気がするが、勉強熱心なのは偉いので突っ込まないでおこう。
神羅がベッドから降りて座布団に座ると、天使が箱からボードを取り出し、建物やルーレットを設置し、ドル札風の紙幣や生命保険を分け、テキパキと準備を進めていく。
俺もクマ君をベッドへポイっと放流して、神羅の向かいに腰掛けた。
「これが良いこと? これがやりたかったのか?」
「いつも二人だったから、三人で遊んでみたかったのよ。悪い? 嫌なら帰れば?」
拗ねた様子の神羅に投げやりに言われた。
「別に嫌じゃないし、むしろ久しぶりだから楽しみだけどさ。他にも京子さんとかメイドさんがいるんだし、やろうと思えば大人数でやれたんじゃないのか?」
「……やっても、つまらないのよ。わざと負けられるから」
「わざと負ける?」
「私を愛するあまり自然に手加減して負けようとしてくるの。本気でやれって命じてもいいけど、そこまでして遊んでも楽しくないしね」
神羅が目を伏せ、哀愁を帯びた表情を見せた。
それはどれだけ辛い事なのだろうか。
スコアや記録の残る競技なら判明者部門で正々堂々と無双をするだけだ。でも、気楽に遊ぶ時すら手加減をされるなんて、それで勝って楽しめるわけがない。こういうのは本気で挑んで一喜一憂するかこそ、心の底から楽しめるんだ。
神羅の苦しみを理解した俺はワイシャツを腕まくりし、参加表明した。
「分かった。そういう事なら、いつでも俺が相手してやるよ。一切手加減しないからな」
大胆不敵な宣言を耳にした神羅が顔を上げ、目をまん丸くして俺を見る。
「どれにしますか?」
天使がコマの車の色を選べと言うので、俺は黒い車を取って男の青いピンを突き刺し、スタート地点に置いた。神羅用の赤い車と自分の紫色の車を準備する天使へ問いかける。
「天使は本気で勝ちにくるんだろ?」
「はい。【完全完美】の私は何事も完璧にこなしてしまいますので、ゲームでも完全勝利してしまいます。手加減はしたくてもできません」
とか言ってるが、嘘だろうな。手加減すらも完璧にこなしそうだ。
きっと神羅と二人で遊ぶ際は彼女の顔色を見て、丁度良い塩梅で勝ったり負けたりしてあげているのだろう。
「ですので人生ゲームで結人さんを叩きのめすくらい朝飯前です」
「舐めんなよ。俺は地元じゃ最強のボードゲーマーとして当時はブイブイ言わせてたんだ」
「最強の……? そのようなデータは無かったはずですが」
さり気なく俺の身辺調査を暴露された。
怖い。どこまで俺の過去を知っているんだ。
「言われてた気がしないでもないみたいな、そんな雰囲気でやってます的な、そんな感じだ」
「…………よく意味が分からないのですが」
「ノリで喋ってるから特に意味はないんだよ。完璧メイドはそういうのも理解しないとな」
「ノリ……ですか」
「ノリだ。細かいことは気にせず勢いでゴリ押すんだよ」
「ノリ……難しい概念ですね……」
顎に手を添えて新たな概念をインストールする天使を見て、神羅が小さく吹き出した。俺と天使の噛み合わない会話がそんなに面白かったのか、飾り気の無い素直な笑顔で口元に手を当ててクスクスと笑っていた。
「じゃあ、やりましょ!! 結人が私に勝ったらゴール時の持ち金分の現金をあげるわ!!」
「別にそんな条件がなくても俺は本気で相手してやるから安心しろよ」
「遠慮しないで良いわよ。どうせ国のお金なんだし」
「自分で言うな! 少しは悪びれろ」
「その代わり、私に負けたら私を愛しなさい!」
「そりゃ無理だ。どうせ俺が勝つからな」
そんな風に言い争い、これまでにない楽しそうな笑顔を浮かべる神羅と、ノリについて難しい顔して頭を悩ませる天使と、三人で人生ゲームすることになった。リアル大富豪とそのメイドと一緒に人生ゲームというのも粋なものだ。
結果は――なんとなく想像できた通り、神羅の惨敗だった。
基本的なベーシックステージでも、世界中を舞台にしたエクストラステージでも、神羅は借金まみれの最下位。
ルーレットは毎回四以下の数字を出すし、運良く十マス進めば罰金マスに止まるし、ギャンブルエリアに突入すれば破産するし、勝負マスで俺に喧嘩を売ってきては敗北して職業を失うし。
選択肢がことごとく裏目に出て、どうやったらこんな悪運になれるのかと不思議になるほど弱かった。
逆に天使は、俺が「お前ルーレットが好きな位置で止まるように回してるだろ!!」って突っ込んだら「何のことでしょう?」と白を切られるくらいに良マスに止まり、余裕の一位だった。
口の端を僅かにつり上げてニヤニヤと見てくる天使のドヤ顔が頭から離れない。
俺は山有り谷有りの普通の人生で毎回二位。三回対戦して三回ともその順位だ。
どうせ俺はリアルもゲームも面白みのない平凡な一般人だよ。
でも、それで満足だ。
人生ゲームで盛り上がっていると昼時になり、ご馳走してくれるということで、ダイニングに案内され八人掛けの長方形テーブルにつかされた。
料理は天使ではなく専任のメイドに作らせているらしく、神羅が世界を旅行していた時の話や俺の中学生時代の話など、他愛のない雑談を交わしながら豪華なフルコースをいただいた。
天使はまたリスみたいにバウムクーヘンを囓っていた。よっぽど好きなのだろう。家で飼いたい。
食後はホームシアターを自慢してもらった後、カードゲームやテレビゲームなどでも遊ぶことになったが、何をしても神羅は負け続けていた。
負ける度に悔しそうに歯ぎしりして顔を真っ赤にしていた神羅だったが、それでも常に笑顔で幸せそうな表情を見せていたから、きっと満足してもらえたことだと思う。
俺自身も純粋に神羅達と遊ぶことを楽しんでいたこともあり、気がつけば夕方になっていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎることを、小学生以来に実感した日だった。




