第29話 神羅の部屋
ゆっくりと数分歩いて巨大な洋館の玄関に着くと、天使が暗証番号と指紋と網膜スキャンで電子ロックを解錠し、扉を開けた。もの凄い厳重だな。
遂に邸内へ足を踏み入れる。
想像通り、エントランスだけでもかなりの面積だ。
しかし想像と異なる点もあった。
中に入っても、誰も出迎えが居なかったことだ。
「てっきりメイドさん達が出迎えてくれるものかと思ってた。横一列に並んで「お帰りなさいませ、神羅様」ってお辞儀してくるみたいなさ」
「まさか。そんなの絶対に嫌だわ」
想像した神羅が顔を顰めた。
げっそりとした表情一つとっても絵になる少女だ。
「雇ってる使用人達には料理や掃除とかの必要最低限の家事しかさせていないの。何か困った事があっても天使が居れば全部解決してくれるから不便もないし」
そういえば愛のお約束でも「必要以上に干渉してくるな」とあったが。
神羅は何故ここまで他人を嫌うのだろうか。自分に対して愛情を抱くばかりで本心が見えないから、とかなのかな。
斜め後ろの天使に視線を移すと、涼しい顔をしながら俺と目を合わせた。微かに表情を崩してドヤ顔をされる。腹立つ顔だな。でも可愛いのが悔しい。
「こっちよ」
神羅に案内されるがまま巨大なお屋敷の中を進んでいく。
階段を上り、花瓶やら絵画やら飾られている長い廊下を歩みながら聞いてみた。
「で、さっき言ってた良いことって?」
「家の自慢。下級国民の結人に上流階級の生活を見せてあげたかったの」
「はぁ!? ふざけんなよ!?」
「そういえば私の家にはホームシアタールームもあるんだけど、映画鑑賞が趣味の結人には興味のない話だったわね。自慢になっちゃうものね」
「…………あとで見せてください」
そんな話をしていると、やがて二階突き当たりの部屋の前で止まった。
「私の部屋よ。さ、入りなさい」
神羅が迷い無くドアを開けた。
少し躊躇いつつも、中へお邪魔する。
初めて年頃の同級生女子の部屋に入った。
てっきり豪華絢爛で煌びやかな目が痛くなる内装かと思えばそうではなく、至って落ち着いた生活感溢れる部屋だった。
室内はかなり広く、白と淡い赤色を基調としていて、丸みを帯びたソファやハート型クッションなど家具も調度品も女の子らしい可愛いらしさで満ちている。
そして凄く甘い匂いがする。
全身を神羅に包み込まれているような感覚がしてきた。
テレビは家電量販店でしか見たことのない巨大サイズで、テレビ台の下には映画のディスクが沢山積まれている。俺が好きだと話したシリーズも持っているみたいで、やはり神羅も映画が好きらしく好印象だ。
一番驚いたのはベッドだ。
大きく豪華な天蓋付きのプリンセス仕様で、ピンク色の薄手のレース状カーテンに囲まれている。ヨーロッパの宮殿にでもありそうなお姫様ベッドの枕元には熊や鮫など動物キャラクターの縫い包みが沢山転がっている。
そのベッドを見て、「良いこと」とやらの卑猥な想像が掻き立てられていく。
慌てて視線を逸らすと、ソファに読み散らかしたかのように本が散らばっているのが目に入った。何種類もの少女漫画や自己啓発本だ。数冊を手に取ってタイトルを見てみる。
「へぇ……何読んでるんだ? 『お嬢様でも恋がしたい!』『趣味から合わせる恋愛心理学』『本命の彼から愛されるために必要な五つの――』」
「ああああああ!! 何勝手に見てんのよ!! それは見なくていいから!!」
大きな声を出した神羅に、もの凄い勢いで手から本を奪い取られた。本をまとめてベッドの下に押し込み、隠される。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。
やはり天使の用意している信憑性の無いデータとやらは少女漫画などから得ているみたいだな。
はぁはぁと息を切らした神羅がベッドへ腰を下ろし、ふぅと一息つく。下唇を噛み、火照った頬を赤く染めて妖艶な上目遣いを向けられた。
「ほ、ほら……こっち来て……準備しなさいよ……」
そこで、一緒に部屋までついてきていた天使にブレザーを脱がされた。
俺の鞄とブレザーを部屋の隅へ持っていく天使を見て、いよいよ動悸が激しくなっていく。掌に今朝寝ぼけながら触れていた胸の感触が蘇り、俺は思わず唾を飲んだ。
本当に……ヤるのか……!?




