第28話 実家
気づけば郊外の高級住宅街に来ていたようで、どの家も大きくて敷地が広い。そこを抜けて自然豊かな小高い丘の上へ進んでいくと、やがて神羅の邸宅に着いた。
信号に捕まったりしたことを踏まえても車で二十分程だったので意外と近くに住んでいたらしい。もしかすると、高校に来ることを決めた時点で家を建てたのかもしれないが。
真っ白な外壁が続き、高さ二メートル程の黒いゲートの前で車が一時停止すると、遠隔操作でそれが開かれた。
敷地内へ入ると神羅が「歩いて行くわ」と京子さんへ言い、そこで俺達三人は降車した。
車庫の方へ走っていく高級車を見送った俺は、その敷地の広さに言葉を失った。
「どう? 驚いた?」
「ああ……。ここ、本当に日本だよな……?」
俺の家、何軒建てられるのだろうか。
明麗高校程ではないが、個人邸とは思えない茫漠とした広さだ。
敷地内には緑が多く木々が生い立ち、西洋風で幾何学模様の庭園が広がっていて、カラフルな花々が視界奥に聳える洋館と見事に調和している。
子供が迷い込んだら迷子になって白骨化して見つかりそうだ。と言うか、俺も子供らしく隠れんぼや鬼ごっこでもして無邪気に遊びたくなってくる。
洋館までは極太の木々が立ち並ぶ石畳が続いて街路樹のようになっていて、向こうに見える噴水や階段は綺麗な鈍色の石造り。
中世ヨーロッパで貴族が仮面舞踏会でも開催していそうな、浮世離れした空間だ。
「ここが実家か?」
「ええ。だから住んでる期間も一番長いわね」
産まれ育った実家ということは、少なくともここは国民の血税で購入されたわけではないみたいだ。やはり神羅は生まれからして大富豪。生きている世界が俺とは違う。
どれだけ必死に働けば、どれだけのお金を稼げば、こんな場所に住めるのだろうか。
「その言い方を聞くに、別荘があるんだな」
「勿論。地球上の全ての国、全ての地域に別荘が用意されているから、世界旅行中はそこに寝泊まりしていたわ。私なら言うだけで気に入った家を譲って貰えるけど、流石に他人の家を奪うのは気が引けるし、かと言ってホテル泊まりも嫌だからね」
どんだけだよ。愛さえあれば何でもできるという言葉は伊達じゃないみたいだ。
「最早、忖度ってレベルじゃないな。月面とか深海とかにも家を建ててもらえそうだ」
「確かに、それはロマンチックでいいわね……。天使、手配しといて」
天使が「かしこまりました」と即座に承諾し、手品のように何も無い空間からタブレットデバイスを取り出すと機敏な動作で操作した。
「何しているんだ?」
「国連の万象神羅様生活支援理事会に要求を送信しました。これで月面と海中への居住開発計画が全力で推進されますので、数年後には実現できるかと思われます」
「月の家は兎のお餅つきをイメージしたデザインにするように言っといて。深海の方は……そうね、人魚姫が住んでるようなお城がいいわ! 怖い魚は寄ってこないようにね」
「かしこまりました」
「…………完成した暁には俺も呼んでくれよな」
「仕方ないわね。特別に招待してあげるから、私を愛しなさい」
もう突っ込むのに疲れたので素直にお願いしておいた。数年後には俺も宇宙にいけるらしい。楽しみだ。地球ってどれくらい青いんだろうな。
三人で洋館の方へ歩いて行く。
俺は深緑の庭を眺めながら神羅の子供時代を想像した。
「本当に良い所だな。空気が澄んでいて静かだし。俺もこんな家でノビノビと育ちたかった」
深窓の令嬢――と言うには破天荒だし、真躁の令嬢の方が相応しいが。
「いいでしょ。結人も住みたい? 一緒に住みたいなら、私を愛しなさい!」
「…………それって、付き合って同棲するってことか? 俺が本気で異性として神羅を愛するなら、結婚前提に交際してくれるわけ?」
「そ、そんなこと言ってないでしょ!! ただ……か……考えてもいいかもって話で……」
予想外の返しだったのか、しどろもどろになっている。
神羅は愛しなさいと連呼するが、結果的にどんな形へ行き着きたいのだろうか。
俺は改めて自分の考えを伝えておくことにした。
「何度も言っているが、俺は誰も愛さないと心に決めているんだ。だから、俺が神羅に恋愛感情を抱いて告白する日なんて絶対に来ないぞ」
存在を消される覚悟を決めて気を引き締め、神羅の願いを今一度根本から否定した。
神羅が俺の顔を見やり、視線が交わる。俺の目を正面から捉えた神羅は何か言いたそうな表情を見せたが、直ぐに不貞腐れるように顔を背けて腕を組んだ。
「なら、結人が死ぬまでこの関係を続けることになるわね」
「…………それは無理だな。俺の方が長生きするだろうし」
一生このままなんて絶対に御免だが、意固地な神羅の返答が面白くて俺は微笑んで答えた。
「それに、こんなに広い所に住んだら俺まで神羅みたいなアホになりそうで困る」
「はぁ!? 何いきなり馬鹿にしてんのよ!!」
「いや、でも天使達はアホじゃないからその心配はないか」
「うるさい! 私はゆとりある教育を受けてきただけなの!」
「ゆとりあり過ぎて何も詰め込まれていない気がするけどな」
道中、テニスコートや屋外プールも確認できた。
産まれてから此処で溺愛されて育ったんだろうな――と一瞬思ったが、直ぐに考えを改める。以前に両親について訊ねた時、神羅は露骨に嫌悪感を露わにしていた。
色々複雑な家庭事情なのだろうが……。
神羅は嫌でも愛されるはず。なら何故、親を嫌いになるんだ……?




