第27話 カルチャーショック
一人の少女の力で容易に侵入されてしまう自宅の警備の薄さに不安を覚えつつ玄関前に出ると、神羅と天使と漆黒の光沢を放つ高級車が待ち構えていた。
そして車の横には、執事服の背が高い美人なお姉さん。
俺に気がついた神羅が、お姉さんの方へ手を向けて彼女を紹介してくれた。
「主に運転手をしてくれている京子よ。こっちがアホの結人ね」
「アホはお前だろ」――と反論したかったが、天使以外の使用人の前で罵倒するのは少し気が引けたので自重しておく。優しいなぁ俺って。
「初めまして、式上結人です。よろしくお願いします」
会釈すると、京子さんが無言で恭しく頭を下げた。
お抱え運転手らしき京子さんは、黒い長髪を後ろで一つに纏めた美人で、二十代後半に見える。背は女性にしては高身長で百七十五程あり、とてもスタイルが良くて中性的な顔つき。天使よりも冷めた無表情をしていて氷のようなイメージがあり威圧感を受ける。ちょっと怖い。
なんだか戦闘もこなしそうだ。こと神羅に至っては【私乃世界】により悪意の標的にされることはないはずだが、万が一を考えての人選なのであろうことが窺えた。
京子さんの虹彩は日本人の標準色のダークブラウンだが、判明者かは分からない。常動型でも俺の闇色みたいに一般的な虹彩の色の判明者も居るし、発動型かもしれない。
そんな京子さんが天使のようなメイド服ではないのは運転する都合だろうか。胸が大きいせいかベストとジャケットのボタンを一部外しているのが思わず目に留まる。
「じゃ、乗りなさい。今度は私の家に招待するわ!」
「え? 学校に行くんだろ?」
「そのつもりだったけど、気が変わったの。思えば、結人とはまだ遊んだことなかったし……だから、たまにはいいでしょ! 毎日勉強ばっかりで飽きてるのよ、こっちは!」
平然とサボりを提案された。
どう説得して神羅の価値観を変えようかと思考を巡らせる俺を見て、察したかのように神羅が付け加える。
「それに結人、私が起こしに来なかったら寝坊してたじゃない。だから今日は私に従いなさい。どうせ結人は行っても行かなくても変わらないんだし」
一理あるが、それはお前のせいだと自覚しろよ。
神羅のイエスマンになりはじめている俺は、彼女の提案をポジティブに受け入れることにした。
「そうだな。学校をサボって遊ぶのも青春だしな。でも、神羅の家で何するんだ?」
「ふふ。良いこと、させてあげるわよ」
頬を染めた神羅に流し目で言われ、京子さんが後部座席のドアを開けた。
神羅が乗り込んで座り、天使が運転席へ……?
いや、違う。外車だから助手席か。
京子さんは反対側の後部座席のドアを開いて俺を促した。神羅の右隣、天使の後ろの席へ乗れということなのだろう。こうなってしまった以上、仕方あるまい。
神羅宅への好奇心に嘘をつけず、俺は流れのままに車へ乗り込んだ。
人生初の高級車は、シートが沈むくらいフカフカで座り心地が最高だった。まんまファーストクラスだ。飛行機も乗ったことないけれど。
一人あたりのスペースも広いし、普段の乗車時に感じる振動や雑音が一切無い。車の乗り心地にこんなにも格差があるとは知らなかった。これは京子さんの運転技術も影響しているのかもしれないが。
初めは緊張したが、あまりにも快適だったので自然と気分はくつろいでいた。美少女と美人なお姉さんに囲まれているし、俺まで偉くなった気分になってくる。
丁度良い機会なので、隣で上機嫌に窓から外を眺める神羅へ不躾な質問をしてみた。
「神羅は欲しい物は全て貰えるんだろ? でも以前、天使達には給料をかなり支払っていると言っていたよな。そんなにお金持ちなのか? 資産はどれくらいあるんだ?」
すると神羅は特に表情を変えず、顎に手を当てて唸った。
「お金の管理は任せてるから、私も知らないのよね。今どれくらいあるの?」
答えを求められた天使が、無言のままこちらを振り向く。しかし口では語らず、「どうぞ」といって通帳を神羅へ渡した。
なんだよ、そのちょっとしたドヤ顔は。
敢えて金額を口にしなかった意味は薄々と察することができるけれども。
神羅が手帳を見て「今これくらいなんだ」と興味なさげに言い、俺に手帳を渡す。受け取った俺はペラペラと捲って、最新の記帳ページを見つけた。目を凝らす。
桁が無駄に多いな。
えっと…………ん?
おかしい。十二桁あるように見える。
ちゃんと数え直さないと。
…………ふむ、成る程。
納得した俺は、かつてないほどに気合いを入れた表情で、隣の神羅へ向き直った。
「神羅、大事な話がある」
「な、なによ、改まって」
「結婚してくれ」
「急にどうしたの!?」
「やっと神羅の魅力に気がついた。この想いはもう止められない」
顔を真っ赤に染めた神羅の目を見つめ、驚いて胸の前に出していた手を両手で包み込んだ。唖然とする神羅だが、意外にも嫌がってはいないようだ。
このままキスでもして押し倒すべきかと逡巡していると、
「結人さんはお金に目がないようですね」
天使が口を挟んできた。
余計なことを言うんじゃない、バカ。
逆玉の輿になる作戦は失敗に終わってしまったようで、神羅にジト目で睨まれた。
「最低ね。それじゃ私を愛してることにならないじゃない」
「そういう形の愛もある!!」
「開き直らないでくれる!?」
一瞬血迷ったが、流石に本気ではなかったので神羅から離れて座り直した。
「冗談だ。確か両親は海外に住んでるんだよな。振り込まれているのか?」
「いいえ。親からは一切貰ってないわ」
「じゃあどうしてるんだ? こんな額、普通じゃないだろ」
「投資だかなんだか? 専門の使用人に任せて増やさせているのよ」
それなら納得できる話だが、リスクもあるし無尽蔵にここまで莫大な金額にまで膨れ上がるのかという疑問はある。元手が幾らでどこから出ているのかも気になるな。
そこは突っ込まないでいいだろうと思ったら、神羅が付け加えた。
「あとは、国からも定期的にお金が振り込まれているわね。それが大きいのかも」
「国から? なんで? 幾ら?」
尋ねると神羅が手帳を指差した。載っているということなのだろう。確認してみると、それらしい項目を見つけた。
零が九桁あってその先に一が付いている振り込み。十億だ。しかも一行ではなく複数行。見た限り、毎週振り込まれている感じだが。
「テイガクアイキュウフキン……って、なんだこれ……?」
「国からの給付金よ。私を愛する余り、国が毎週お金をくれるの」
「お前ふざけんなよっ!?」
「愛をお金という形で証明してくれているの。くれるんだもの。貰うしかないわ」
「貰うしかないわじゃねぇ!! 税金をなんだと思ってんだ!!」
「感謝はしてるわよ。私もこの国と世界を愛しているわ」
「愛でお金を買うな!!」
「買ってないわよ。愛はお金に換えられるだけ」
「この国の不景気は全部お前のせいだ!!」
最低だ、この女。
【可能性】の力で国にまで奉仕させていたとは……恐れ入った。皆が汗水垂らして納めている税金の多くがこの悪魔に搾取されていたなんて。
すまない国民達。俺には神羅を説得できなかった。
責任を取って俺が彼女と結婚するよ。
かつてないカルチャーショックを受けた俺は、世の中狂っているなぁとか、京子さんはちゃんと給料を貰えているのかなぁとか、どうしたら神羅のお金だけ貰えるかなとか――色々なことを考えながら、窓から景色が流れていくのを眺めていた。




