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第26話 隙

「せっかくだし、今日は俺も車で学校まで送ってくれよ」


 言うも、「そうね」と上の空のような一言しか返されず、どうしたのかと振り返る。

 

 神羅は朝日に照らされた俺の部屋の中を物珍しそうにキョロキョロと見回していた。


「どうした?」

「左右で別れてる……二世帯住宅? っていう変わった家の形でも中は普通なのね。こっち側には結人しか住んでないんでしょ?」

「まぁな。前にも言ったけど、元々は婆ちゃん達と一緒に暮らすためにこういう風に作られたんだが、色々と事情があって今じゃ左半分は俺専用なんだ。つっても家族と仲が悪いわけじゃないし、飯は一緒に食べたりするけどな。いや――してたけどな。どこぞの誰かさんが変な通知を世界中に送るまでは。おかげで今の俺の食生活はボロボロだ」


 当然俺の飯は用意されておらずコンビニ弁当も買えないので、家族側の冷蔵庫から余り物の食材を適当に抜いて自炊する毎日。


 家族と別れてこの左側に住むようになってから去年までは自分で料理をしていた経験があるおかげで、今もなんとか辛うじて生きられている。


 皮肉を言われてたことに気付いてないのか、他人事のように「へー」と相槌を打った神羅は、そこで何かに気がついたようで、立ち上がり学習机へと向かった。

 

 神羅が机上の写真立てを手に取り、ジッと見つめた。俺と美結と幼馴染みの少女、三人が笑顔を見せる写真を。


「これ、結人でしょ? この頃は目もまん丸だったのに、今じゃそんな殺人鬼みたいな目つきになっちゃって。年月って残酷ね」

「うるせぇ。大人になったってことだ」

「一緒に写っているのは誰?」

「真ん中が妹。もう一人は……幼馴染みだよ。昔はよく三人で遊んでたんだ」

「ふーん……」


 神羅が改めて写真をジッと見る。


「なんかこの子、どこかで見たことあるような気が……。あの薫って子とは別人よね? まだ仲良いの? 今も会って遊んだりしてるわけ?」


 どこか圧をかけるような言い方で眉に皺を寄せて不機嫌そうに尋ねる神羅。俺はそんな神羅の元へと歩み寄り、静かに写真立てを受け取って机の上に伏せた。


「色々あってな……。遠くに引っ越したんだ。もう会ってない」


 そう言うと、神羅は何か言いたげな顔をしていたがそれ以上は追及してこなかった。


「じゃあ俺も準備するから、少し外で待っててくれ」


 俺は神羅を玄関先へと押し戻して、鍵を掛けた。


 非日常要素を排除して洗面所へ。

 歯を磨き、顔を洗い、ゆっくりとタオルで拭う。そうして鏡で正面から自分の顔を見つめると、改めて意識がクリアになった。


 神羅の不法侵入はありがた迷惑だが、わざわざ迎えに来てくれたのも事実。あまり待たせるのも申し訳ないので、急いで着替えと用意を済ませて家を出よう。


 そう思い部屋に戻ったら――

 また神羅が居た。今度は天使も一緒に。


 二人してベッドの下や箪笥の中や机の引き出しをグチャグチャに散らかし、全力で俺の部屋を物色していた。


 入室した俺に気がついた天使が箪笥を漁っていた手を止め、ホワイトブリムとツインテールを揺らしながら振り返った。紫色のジト目と目があう。


「おはようございます、結人さん」

「ああ、おはよう……じゃなくて!! 人の部屋で何やってんだお前等!!」

「結人の秘密を探しているのよ。エ、エッチな本とかあるんでしょ!?」

「データによれば、部屋で女子にエッチな本などのアイテムを見つけて辱めを受けるというイベントを経験した童貞男子は例外なく女子を意識して恋愛感情を抱き――」

「そんなデータもエロ本もどこにもねぇよ!!」


 天使の非科学的なデータとやらは漫画やアニメなどから得た知識を元にしているような気がしてきた。リアルで女子に部屋を漁られるイベントなんてあるわけないだろうが。


 突っ込みを入れるも、二人とも聞く耳を持たない。


 天使は凄まじい速度で箪笥から俺のシャツやパンツを放り出していき、神羅は芋虫みたいになってベッドの下を覗いている。


 スカート丈が短いメイド服のくせに一切隙の見せない天使に対して、制服姿でベッド下を覗き込む神羅は、お尻を振りながら突き出す体勢だと気付いていないらしい。


 思わず神羅の絶対領域に視線が留まる。スカートが捲れてきて、もう少しでパンツが見えそうだ。


 もうちょい……。


 そこで神羅が「あっ! これ怪しいわよ!」とベッド下から声を上げた。

 俺は煩悩に支配されて神羅のお尻しか見ていなかったが、蓋付きの大きい収納ボックスが取り出されたのを見て我に返った。


 蓋を開けようとする神羅の腕をすかさず掴み、制止する。


「おい、それはダメだ! 触るな!」

「あ! 怪しい! 何が入ってるか見せなさい!」

「っ……そうだよ、エロ本だよ。満足したら大人しく外で待ってろ!」


 やけくそに告白した俺は、羊追いをする牧羊犬の要領で神羅と天使を玄関へと誘導し、家の外へと叩きだした。鍵を二つ掛け、今度はチェーンも掛け、ふぅと溜め息。


 嵐を追い出して部屋に戻った俺は、収納ボックスをもう一度ベッドの下へと戻し、机上に伏せていた写真を立て直すと、荒らされた部屋の床から制服を見つけ出して着替えた。

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