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第24話 夢

 夢を見た。

 何度も何度も何度も何度も、繰り返し見てしまう同じ夢。


 あの日の記憶。

 一年前、中学校から自宅への帰路についていた時のこと。


 人通りの少ない河川敷を、夕焼けで朱く染まる川の水面を眺めながらゆっくりと歩いていた。


 左隣を歩く制服姿の少女が、ふと俺の頬に優しく触れた。幼馴染みの彼女の温もりを感じると同時に、腫れていた患部にヒリヒリとした刺激が走った。


「痛っ! 大丈夫だから、触るなって」

「また怪我して……。喧嘩しないでって言ってるのに」


 彼女の黒く長い髪の内から、深海のような勝色の瞳が俺を心配そうに見つめていた。

 昔は誰よりも明るく周囲を照らす太陽のような双眼だったが、【可能性】が判明してから彼女の目には光が射さなくなった。


 感情の起伏が少ない彼女に悲愴な表情を見せられ、俺は口を尖らせた。


「黙っていたら付け上がらせるだけだろ。もう中三なのに、いつまでもガキみたいなことして腹立つんだよ」


 嫌がらせはいつものことだが、今日のは特に度が過ぎていた。

 教室の机へ歪な文字で「死ね」「消えろ」「自殺しろ」などと彫刻刀で掘られていただけでなく、死者を弔うように花瓶と線香が置かれていた。


 死を望まれたことが、それが当然のように許されている現状が、許せなかった。


 そんな陰湿なやり口で精神を抉ろうとしてきた奴等を特定した俺は、複数人を相手に殴り合いの喧嘩をした結果、なんとか辛勝したものの一発モロに顔面へもらってしまった。


 進級から一ヶ月も経っていないのに早々にこの有様だ。二年生の時から相変わらず虐めは継続しているから、中学校を卒業するまでの残り一年間もこんな日々が続くことだろう。


 それを思うと、俺は居ても立っても居られなかった。

 毎日積もっていく悲しみと鬱憤を晴らす方法を模索していた。暴力でも気は済まなかったけれど、何もしないよりはマシだったんだ。


「どうせ教室には殆ど行かないし、無視すればいい。相手にする必要ない」

「…………そうかもな」


 こんな状態だから、中学校での授業時は空き教室で自習するのが日課だった。とはいえ登校する以上は完全に隔絶されるわけではないから、全ての被害を避けることはできない。


 相手にするだけ無駄。やり返しても何も得る物はない。

 そんなことは俺も理解していた。

 それでも俺を突き動かしていたのは、正義感ではなく、復讐心でもなく、強い憤りだった。どうしようもない現状に対する、変わらない日常に対する怒り。


 抗い続ければ、暗い現実に光射す日が来るのではないかと期待していたから。

 いつの日か、二人で心から笑い合える日常が来ると信じていたから。


 そう思いを馳せる俺を見て、


「結人が傷つくの、もう見たくない。だから……お願いだから、もう他人と関わらないで」


 彼女は立ち止まり、奈落の底のように昏く光を失った瞳を俺に向けた。

 そして、儚い笑顔で懇願するように言った。


「結人は私だけを見て、私だけを愛して」

「………………」


 分かっていた。

 俺には彼女しかいないし、彼女には俺しかいない。


 彼女を愛し、彼女に愛されていた。

 俺は彼女に生涯を尽くすと、一生を捧げると心に決めていた。

 だからこそ、何気ない気持ちで、愛する彼女へ言ったんだ。


 たった一言。

 その一言が、全てを変えてしまうなんて知らずに。

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