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第23話 義務

 その日の二十二時。


 俺はブルーレイ再生機にもう何度見たか分からないお気に入りのタイムトラベル映画『バック・トゥ・ザ・パスト』を投入した。映画を吹き替えで垂れ流し、ベッドに横になって、流行のソシャゲ『プリコレ』を開始。


 数日前にクラスメートの伊藤達と話を合わせることを目的に始めたソシャゲだが、彼等と関係を築けなくなった以上、もう続ける意味もないか……。

 いや、いずれ神羅に無干渉の命令を解除してもらえるまでの辛抱だ。せっかく数時間かけてリセマラしたんだし。


 テレビから聞き慣れた台詞が流れてくる。

 横目でチラチラと好きなシーンを見ながら、特に面白くもつまらなくもないソシャゲのスタミナを上の空で消費する。


 今の状況を整理しつつ、今後の高校生活について思索していた。


 俺は世界から孤立させられた。

 友人知人は疎か、家族との接触すら神羅にとっては疎ましいらしい。このまま彼女の我が儘に付き合っていては、俺の人生は台無しだ。


 神羅は、彼女の前でも唯一自我を保てる俺からの真の愛情を求めている。だから俺に自分への恋愛感情を抱かせるために、恋人のように振る舞って積極的にアピールしてくる。


 だが彼女に恋することも彼女を愛することも、俺にはできない。

 だから形だけでも神羅に尽くして満足してもらい、束縛から解放されるしかない。


 俺は身体を起こし、スマホの画面をフリックしてゲームを閉じた。天使に言われた事を思い出し、義務として神羅に連絡を取ることにした。殺されたくないからな。


 吹き出しマークのアプリをタッチし、コネクトのアプリを起動。そして『友達』の欄に今日追加されたばかりの登録名『神羅様』を確認して――ふと気がつく。


 神羅が愛の証明として求める恋愛感情は抱けないが、友人として親身に接してあげることはできる。俺は神羅を鬱陶しがるのではなく、あくまで友として受け入れてあげればいい。そうすれば自ずと彼女も満足してくれることだろう。


 そう結論づけた俺は、現状を作り出したことについて責めるべきか逡巡した後、シンプルなメッセージを送った。


『まだ起きているか?』


 もう二十二時だし、どうせ言いだした神羅様は約束なんて忘れて既にご就寝なんだろうなと思ったが――予想外なことに、送信した直後に既読マークが付いた。まるで俺とのトーク画面を既に開いて待機していたかのような早さだったぞ。

 どれだけ慌ててメッセージを確認したのだろうか。


 すかさず、スマホが振動して「コネクト!」と甲高い声を上げた。


『神羅よ! 起きているわよ子供扱いしないで!』


 九時に寝るとか言っていたくせに。


 だが、神羅がコネクトを今日インストールしたのは真実みたいだ。

 トーク時に誰との会話なのかを一目で確認できる仕様を知らずにわざわざ名乗っている。まったく、アホな奴だ。


 かと思うと、少し間を空けて短い文章が届いた。


『これ、届いているのよね?? 見えているのよね??』


 神羅の画面には、さっきのメッセージを俺が見たと分かる既読表示がされているはず。にも拘わらず、俺が何も言わないので不安に駆られたのだろう。


『届いてないぞ』

『え!? なんで?? これ見えてないの??』

『見えてないぞ』

『嘘ついたわね!! 天使が見えてるって言ってるんだけど!!』

『バレたか』


 そうメッセージを送信すると、安心したのだろう。

 本題に入る気になったようで、メッセージ入力中を示す『……』が点滅した。


 ――が、三分ほど待っても入力が続いていた。

 『……』が点滅、一旦文章を全て消したのか表示が消えて沈黙、再度点滅。それを繰り返していて、中々本文が送られてこない。


 スマホをベッドへ放置して映画を見ること十分、依然として『……』が点滅と完全消滅のループを繰り返している。

 文字の入力が遅いのか、頭の回転が遅いのか。きっと両方だろう。


「どんだけ書き直してるんだ……」


 一体何を言ってくるつもりなのかと不安になってくる。

 画面を見守っていると、ふと『……』が消えた。そして漸く文章が送られてきた。


『コネクトしてあげてるんだから、私を愛しなさい!!』

「…………結局それか」


 何故そこまで俺に拘るんだ。


『全人類から愛されているんだから十分に幸せだろうが。それで満足しろよ。俺なんかどうでもいいだろうが』

『十分じゃない! 胸まで触ってきたくせに!』

『そっちが押しつけてきたんだろ。勝手に加害者にするな』

『嫌だったのね。ならもう二度と結人には触らないことにするわ』


 考え直す。

 神羅の性格は終わっているが、たしかに外見は誰よりも可愛いし、胸も柔らかかった。それは事実。


 悩んだ。非常に悩んだ。

 頭を抱えて苦悶し、そして答えた。


『嫌じゃないです。ごめんなさい』


 男として情けなくて涙が出てきた。

 快楽には抗えなかった。悔しい。


『それで、どうしたの?』


 どうしたもこうしたも、お前らが毎日コネクトしろって脅してきたんだろうが……。


『別に用はないけど。今何してるんだ?』


 尋ねると、また少し経った後に返事が来た。


『映画を流し見しながら天使とお喋りしていたわ』


 そう言われて今一度、そういえば天使と同居しているんだったなと思い出す。


 夜の過ごし方は俺と似ていて好感が持てるが、神羅は豪邸に住んでいるんだろうな。親交を深め愛を感じてもらうためにも、友人として提案してみるとしよう。


『神羅がどんな家に住んでいるのか気になるし、今度遊びに行かせてくれよ』

『いいわよ。でも結人の家も気になるわね』

『ダメだ。俺の家に来ることだけは絶対に許さん』


 ここは俺の聖域なんだ。絶対に踏み入れさせはしない。


『なんでそんなに嫌がるの? エッチな本隠してるんでしょ!』

『隠してねぇよ! 崇高なる神羅様に見せられるような大層な家じゃないんだよ』

『そうなの? 土地と新しい家くらいあげるわよ! 私が言えば一発だし!』

『いるか! 明日の勉強会は社会と経済の成り立ちについて教えてやる』


 こうして神羅とその関係者以外に無視される存在と化した俺は、放課後には神羅と二人で勉強会をして過ごし、毎晩コネクトでたわい無い雑談をするようになった。

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