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第22話 孤立

 【私乃世界】に呼応し、神羅の瞳に宿る真紅の虹彩が渦巻くように輝きを増す。そこから発せられた不可視の波動が一瞬にして空間を拡散していくような錯覚を受けた。


 発言と同時、俺の隣に黙って佇んでいた薫がハッとした表情に変化した。

 その直後、無干渉の命令を実行すべく、何も言わず俺に背を向けてその場を立ち去っていく。


「おい、待て薫!!」


 俺の声は、薫には届かなかった。

 教室内に残っていたクラスメート達も教室を出て行く。


「ま、待ってくれ、皆……!! おい!!」


 呼び掛けるが、誰一人として見向きもしてくれない。

 俺の声は虚しく虚空に消えた。

 その様子を見て、急速に肌が粟立っていく。


「天使っ!!」


 神羅が腕を振るいながら天使に呼びかけた。指示された天使がタブレットデバイスを操作する。


 直後、俺のスマホに緊急時のアラートが鳴り響いた。

 何事かと思って取り出すと、画面には緊急速報の通知を示す文字列。その下に映し出されたのは、学生証に使用している俺の証明写真と「万象神羅の命により式上結人との関与を禁ずる」という一文。そして、今さっきの神羅の姿を横から映した映像が流れた。「結人には一切関わらないで!!」――その命令が画面越しに発せられる。


 いつの間に撮影していたのか、どんな手段を使ってこんなものを送信したのか。分からないが、確かなことが一つだけあった。各キャリアに、世界中の人間に、順次この通知が配信されているであろうということだ。


「これで、もう結人を愛してくれるのは世界で私だけよ! 他人と話すことも、遊ぶことも、部活だってできないから! 結人も私を愛するしかないの!」

「………………」


 昼休みにあれだけ強く言ったのに、神羅は何も理解していなかった。

 しかも今度は恒久的に俺と他人の繋がりを断絶させる命令だと……?

 ふざけるな。


 俺は学生生活を――これまで棒に振ってきた青春を、高校で取り戻さなきゃいけないんだ。そうすると自分自身に、幼馴染みの彼女に約束したんだ。


 爪が食い込む程に拳を強く握り込み、本気で怒鳴りつけようと神羅へ振り返る。


「お前ッ――」


 その時、神羅が言った。


「結人は私だけを見て、私だけを愛しなさい!!」


 刹那、拳から力が抜けた。

 神羅の発した言葉を、受け止めきれなかった。

 俺は空気を抜かれた風船のように、強張っていた全身が急激に萎れていく感覚に見舞われた。


 幼馴染みの彼女との最後の会話を思い出してしまったから。

 あの時の風景を、鼻をくすぐった香りを、肌を撫でた風を、誰よりも優しい彼女の笑顔を。


 あの時、俺は…………。


 ここで神羅を受け入れるのは無責任な選択かもしれない。本当は彼女を叱り、否定してあげることこそが彼女のためなのかもしれない。


 それでも、俺は…………。


 一度大きく深呼吸をした後、大袈裟に肩を竦めながらやれやれと微笑んで応えた。


「分かったよ。神羅に付き合えばいいんだろ」

「そ、そうよ! それでいいの!」


 神羅はパッと明るく顔に花を咲かせた。


「その代わり、放課後は毎日ちゃんと勉強させるからな。全力でお前を本来の高校生の学力まで上げさせてやるから覚悟しろ」

「う……。じょ、上等じゃない、精々頑張りなさい」

「頑張りなさいじゃなくて、お前が頑張るんだよ! ほら、早速今日から始めるぞ」


 余計なことを言ってしまったと苦い顔する神羅を座らせ、小学生向けドリルを開かせた。俺も自分の席につき、連結された机越しに神羅の勉強を横から見守る。


 教室内に俺達以外の生徒は居なくなっていた。気を利かせたのか、天使もいつの間にか姿を消していて、茜色に染まる教室の中で神羅と二人きり。


 憂愁な気持ちになった俺は、ぽつりと呟いた。


「前に言ったみたく、俺を殺してくれてもいいんだぞ」

「どういう意味? 私を愛するくらいなら死んだ方がマシだってこと?」

「そうじゃなくて……。ただ、やっぱりそういう贖い方もあるかなって……そう思っただけだ」

「あがない? どういう意味?」

「…………アホの子め。ちゃんと勉強しろ」



 ――夜の帳も下りきった帰り道。

 俺は最寄り駅から自宅への道中にあるコンビニに寄った。


 どこぞの我が儘なお姫様のせいで肉体的にも精神的にも酷く疲労が溜まった俺は割れそうな頭痛に襲われていて、甘い物でも食べて脳内麻薬物質を分泌させないとやっていられなかった。


 ストレス解消目的では酒を飲みながら煙草をふかすのが最適なのかもしれないが、中学時代に幼馴染みと一緒に試したことがあるけれど俺は別にどちらも特別美味しいとは感じなかった。今もう一度試してもいいが、どちらにしろ今は制服姿だから買いたくても買えない。


 なんて思いながら酒売り場を通り過ぎ、スイーツコーナー前で何を買うか吟味する。


 …………美結の分も買っていってやるか。


 悩んだ末に小銭よりも妹に恩を売っておくことを選んだ俺は、美結の好物であるシュークリームを二つ取ってレジへと持っていき、カウンターに商品を置いた。


 だが、レジ前に立っていた女子大学生らしき店員は微動だにしなかった。


「あの、お会計お願いしたいんですけど」 

「…………」


 催促するも彼女はリアクションを返さず、店内を見回して他の客がいないことを確認すると、堂々とスマホを弄り始めた。まるで俺のことなど見えていないかのように。


 それを見て、俺は悟った。

 失念していたんだ。数時間前の出来事を忘れ、普段の感覚で行動していた。


 何が起きているか察した俺は、眼下に置かれているシュークリームを一瞥した。


 もしかしたら、まだ間に合うかもしれない……。

 

 そんな微かな期待を抱いて、俺は駆け足で自宅へ帰った。

 玄関の鍵を開け、靴を脱ぎ捨て、家族が住む側のリビングのドアを突き破る勢いで開ける。


 するとリビングでは一人、部活帰りの妹が制服姿のままソファに寝転び、足をパタパタさせながらスマホを弄っていた。


「美結……?」


 声を掛けるが、反応はない。

 肩に手を置いて揺さぶりながらもう一度名前を呼ぶが、美結は俺に目もくれず鼻歌交じりにコネクトのメッセージを入力している。


「…………美結、前に言ってた通り、小遣いあげるから胸触らせてくれないか?」

「………………」


 本来なら絶対に反応を返してくれるはずの言葉が独り言となったことで、俺は全てを察してゆっくりと妹から手を放した。

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