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第13話 何者?

 嘆息を漏らすと、神羅が不服そうに腕を組んだ。


「クラス変更の許可を取れば文句ないのね? ねぇあんた、私をこのクラスにしなさい!」


 神羅が教壇の吉田先生へ紅い瞳を向けて告げる。

 すると俺達のことなど気にも留めず授業を通常進行していた先生が、電子黒板にペンを走らせていた腕を下ろしてこちらを向き、真剣な表情で頷いた。


「かしこまりました。神羅様がCクラスへ移動する件、後ほど正式な手続きをしておきます」

「ほらね?」


 ほらね? じゃねぇよ。ドヤ顔すんな。

 神羅に何を言っても無駄そうなので、立ち上がって先生に抗議してみることにする。


「正気に戻ってください先生!! 入学直後のこのタイミングでクラス変更なんてされるわけないじゃないですか!!」

「問題ない。決定事項に文句を言うな」

「でもっ――」

「今は授業中だぞ、座れ式上」

「…………すみませんでした」


 もう諦めたね。

 ただ、今のやりとりで何故ここまでこの女に嫌悪感を抱くのか分かった。


「お前……他人に命令したり、敬わせて神羅様って呼ばせたりするのはやめろ。【可能性】で皆の心が侵されているのを見ると、気分が悪くなって仕方ないんだよ」


 知人達が正気を失った姿を見る度に、過去の忌々しい記憶が蘇る。

 心臓を強く握られているかのように左胸が疼く。


 そんな俺の意見を聞いた神羅は、心底不服そうに目を細めて教室内を一睨すると、小さな声で告げた。


「別に……どうでもいいじゃない、こんな奴等……」

「なに?」

「どうせ愛を知らない碌でもない人間達なんだから、私を愛せていることに感謝してほしいわ」

「…………ふざけんなよ。他人はお前の操り人形じゃねぇんだぞ」

「…………」


 鋭い目で言うと、神羅はモジモジと悩むように視線を斜め上に移して逡巡し、言った。


「なら、やめてもいいけど、条件があるわ」

「条件?」

「…………お前って言うの、やめて。名前で呼びなさい。私も名前で呼ぶから」


 威勢が無くなり、妙に畏まった言い方だった。


 きっと天使が「名前で呼び合うだけで男なんてメロメロです」とか的外れのアドバイスでもしたのだろう。

 親しみ易くはなるが、その程度で愛に繋がるわけなどないのに。

 だが、それで満足してくれるというのなら安い物か。


「分かった。名前で呼べばいいんだな、神羅」

「…………うん、結人」


 急に塩らしい素直な態度をとられたせいで、少し困惑する。


 自分で提案したくせに照れたのか頬を赤く染めた神羅は満足げに頷くと、俺の右隣――今はなき小林君の席へと腰掛けた。その右隣の元横山さんの席には天使がちょこんと座る。


 教室の面子は変わってしまったが、これで漸く俺も授業に集中できる。

 ほっと安堵の息をついて、意識を授業へ戻した。


 ――だが、やはり気になってしまい、チラリと右へ視線を移す。

 天使が机を神羅の机にくっつけて席を寄せていた。

 身体を密着させて、何やら神羅へ耳打ちしている。何を話しているのか気になるが、無視して教科書へ目を落とす。


 すると少しして、神羅が座ったまま机をガタガタと音を立てて左へ動かし、俺の机とくっつけてきた。天使もそれに合わせて静かに机をずらして三連結させてくる。


 俺は授業の邪魔にならないように小声で注意した。


「おい、何してんだよ」

「恋人らしく席をくっつけるのよ。さぁ私を意識しなさい。そして私を愛しなさい!!」

「意識しなさいって……」


 周囲をチラリと見るがやはり誰も何も指摘してこない。

 もう何を言っても無駄か……。

 まぁ机の移動は常識の範囲で特に不便もないし、受け入れていいだろう。


 告白しろと言われたが、要は神羅に満足してもらうのがゴールなのだし、彼女の我が儘を聞き続ける王様ゲームのようなものだと思えばいい。

 そう、これは神羅様ゲーム。耐えろ俺。


 今度こそ静かに授業を受けられる。

 吉田先生、本当にご迷惑をおかけしました。


 と思ったのだが――


「ねぇ、結人は趣味とかあるの?」

「趣味……? 映画鑑賞だけど」

「じゃあ土日も映画を見ていたの?」

「ああ、土曜は買い物と墓参りのついでに映画のレンタルを……て、これなんの話だ?」

「何って、雑談だけど」


 雑談でした。何か意味のある質問かと思ったら、ただの雑談でした。

 答えて損した。


「愛を抱くには相手のことを知らないと始まらないでしょ? だから私にも色々聞いてきなさい。私の事を沢山知って、私を愛しなさい!!」

「分かったから後にしろ。授業中なんだぞ」


 この女、一般常識がないのか?

 授業中に通常の声量で容赦なく話しかけてくるとは恐れ入った。私語は禁止というルールを理解していないらしい。

 でも、先生も神羅には注意しないし……。


 それに神羅も天使も机の上に何も用意していない。筆記用具すらないぞ。

 小声で問いかけてみる。


「てか神羅、教科書はどうしたんだ? 忘れたのか?」

「教科書?」


 真顔で首を傾げられた。「何それ?」みたいな疑問に満ちた顔をしている。

 なんだこれ? なんで教科書を理解できないんだ? こいつは何者なんだ?

 不気味で急激に鳥肌が立ってきた。


「神羅、お前ほんとに地球人か? 異世界から来たとか言わないよな? これなんだか分かるか?」


 実は世界線移動系の【可能性】判明者なのかもしれない疑い、ポケットからスマホを取り出して怪訝な顔で問いかける。

 すると顔を真っ赤にした神羅に怒鳴りつけられた。


「地球人に決まってるでしょ、馬鹿にしないで!! 携帯電話ぐらい分かるわよ!!」

「正しくはスマホだけどな」


 良かった。異世界は無くて、神羅が狂っているだけみたいだ。

 それも良くないけど。


「おい天使、なんで教科書を用意してないんだ?」


 おままごとに付き合わされている人形みたく椅子に座ったまま微動だにせず黒板をじーっと見ていたメイドに訊くと、顔をこちらに向けられた。


「神羅様には不要ですので」

「なんでだよ、必要あるだろ! どこが完璧メイドだよ!」

「要らないわよ。私は成績は当然オールAだから学校の授業なんて受ける意味ないし、なんなら出席する意味もないし。愚かな教師どもは私を愛するばかりに贔屓してしまうの。仕方がないのよ、彼等に罪はないわ」

「…………じゃあ、中学生の頃は授業中は何をしていたんだ?」

「中学校? 行ってないわよ?」


 顎に手を当てて首を傾げられた。お茶目な仕草で誤魔化すな、可愛いだろうが。

 

 ――だが、待て。

 中学三年間を不登校だなんて普通じゃない。きっと何か重く辛い理由があったはずだ。

 俺も普通とは違う中学生活を送っていたから、神羅の気持ちはよく分かった。


「何があったんだ……? 答えたくなければ、答えなくていいけど」

「別に。行きたくなかったからよ。三年間色んな国を旅行してたの。ね、天使?」

「はい。楽しかったです」

「ね! 定期的に日本に戻ってきていたけれど、中学校には入学すらしてないわ」


 俺の心配を返せ。

 中学時代に世界旅行ってどんなブルジョアだよ。


「だから学校に来たのも授業を受けるのも凄く久しぶり。どうやるんだっけ?」


 授業を「どうやる」だなんて、斬新すぎる質問で答えられないんだが……。


「ま、まぁ、その【可能性】があれば生きていくのに不自由はしないだろうしな……。学歴が必要ないのは分かったが……なら、なんでこの高校に入学してきたんだ?」


 問うと、神羅は一瞬きょとんとした表情を見せて硬直した。


「そ、それは……えっと……。そ、そう! 占い師に、ここに来れば面白い判明者に会えるって言われたのよね! それでなんとなく来てみることにして、偉い奴に入れてって言ったの」

「つまり受験はしてないのか」

「受験? なにそれ?」


 ぶっ飛ばすぞ、こいつ。受験勉強の大変さを体に叩き込んでやりたい。

 当初は進学する気がなかった俺は中三の冬から勉強を初めた口で、その辛さを誰よりも理解しているつもりだ。明麗高校は判明者を優遇してくれるとはいえ、偏差値は低くなく最低限の学力は必要だったから。


 神羅を勉強机に縛り付けて鞭打つ妄想をして我慢しようとしたが、何故か家庭教師系の卑猥な方向へ暴走していたので、唇を噛んで雑念を振り払った。

 授業へ集中する。


「結人は中学生の頃は何してたの?」と話しかけてくるが「人間」とだけ呟くと、続けて「ちゃんと会話して私を愛しなさいよ!!」と理不尽に怒られるが、完全に無視。


 俺にシカトされた神羅は、天使にカプチーノをねだって学生食堂内の有名チェーン店から買ってきてもらったり、何でも入ってるらしい鞄から取り出された飴を舐めたり、ボーっと物珍しそうに授業を観察したり、立って窓の外を眺めたりして――やっと落ち着いた。


 と思いきや、黙って授業に参加してから数分も経っていないのにウズウズを隠せず体を微動させた神羅は、両手で机を叩いて立ち上がった。


「暇っ!! ねぇ結人!! 暇なんだけどっ!?」

「お前マジで何しに来たの!?」

「私を愛させに来たのよ? 私を愛しなさい!!」

「意味分からねぇんだよ!! 勉強しろ!!」

「こら式上!! 授業中は静かにしろ!!」

「…………すみません」


 なんで俺が怒られたの……? 俺は「勉強しろ」って言ったんだけど。

 神羅が手で口を覆い、プークスクスとわざとらしく嘲笑ってきた。

 ほんと腹立つな、こいつ。

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