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第12話 遅刻

 実力テストを済ませ、憑き物が落ちた気持ちで土日をのんびり過ごし、月曜日になった。

 今日から本格的な授業が開始で、いよいよ高校生活スタートと言える。


 俺の自宅は一戸建てだが、祖父母と住むように建てられたため玄関が世帯ごとに設けられている左右完全分離型の二世帯住宅。とはいえ現在住んでいるのは式上家一世帯だけで、色々な事情があった名残から、左半分が俺一人の占有状態で右半分に両親と妹が住んでいる。

 でも今では、家族の住む右側へと室内ドアで移動して一緒に食事するし風呂も共用だ。


 そんなわけで自室で目覚めた俺は左側の洗面所で洗顔と歯磨きを済ませてから家族の居る右側へと移動した。

 のだが、両親は共働きでジュエリーショップを経営していて早朝出勤、妹はテニス部の朝練で、結局のところ朝から一人ぼっち。


 俺は一人寂しくトーストに苺ジャムを塗っただけの朝食を済ませ、家を出た。


 今日も快晴で気分も爽快。青空を仰ぎながら駅まで歩いていく。


 俺は土日にクラスメート達の自己紹介を復習し、会話のネタもストックし、授業の予習もこなして部活リストも確認しておいた。

 青春を謳歌する準備はまさに万全と言える。

 だから、本来なら新入生らしく友人関係や授業や部活動への期待で満ちていたことだろう。


 だが……今の俺の頭の中は、万象神羅に関する不安で埋め尽くされていた。


 神羅は俺の恋人のように接して俺に愛させると言っていたが、土日はコンタクトを取ってくることがなかった。きっと今日から何か仕掛けてくるだろう。


 たとえどんな愛情表現をされても、それは偽り。

 それを理解しながらも、神羅に愛を感じて満足してもらわなくてはいけない。

 彼女を拒絶しようものなら、俺だけでなく周囲の人々に危害が加えられてしまうかもしれないから。


「…………考えれば考えるほど難易度の高い問題だな」


 今後に悲観しながらも朝のクラスは和気藹々とした雰囲気で、先週のことなど露知らずいった様子だった。


 俺は早速自己紹介時の怖い奴というイメージを払拭すべく、勇気を出して席が右隣の男女に挨拶をしてみた。

 すると、意外にも普通の態度で接して雑談してくれた。


 てっきり避けられるかもと身構えていたが、この調子なら憧れていた普通の高校生活を謳歌できそうだ。友達百人計画が達成される日は遠くないかもしれない。


 ただ、【今何自慰】のシコリンが教室に入ってきて、

「あら、皆変わっていないようね。式上君だけは分からないけれど」と言った瞬間は、皆の時間が静止して俺に悪意が向けられた気がした。


 シコリンはスマホと皆の顔を見比べて無表情でフフフと笑っていたので、クラスメートの自慰回数を毎日記録しているのかもしれない。

 どれだけ性悪な女なんだ。


 ――そして朝のホームルームが終わり、休憩時間を挟んで一時間目の数学が始まった。


 俺自身は勉強が好きでも得意でもないが、頭はそこまで悪くないと自負しているし知識を得ること自体も嫌いではないから、新たな環境で受ける授業は面白く感じられた。


 なによりも、こうして普通に授業を受けられることが嬉しかった。


 小中学生時代に悪意の標的だった俺は、教室に居ても碌な事がないため全ての授業を欠席し、日の射さない陰鬱とした空き教室で自主勉強していた。

 だから、他の生徒に混ざって普通に授業を受けることは懐かしくも新鮮だった。


 黙々と平穏に授業が進む中、いつ再び神羅が教室へ乗り込んでくるかと気が気でなかったが――チャイムが鳴っても神羅は現れなかった。常識外れの行動を慎んでくれる気になったようでなによりだ。

 あるいはメイドの天使が抑止してくれたのかもしれない。


 休み時間になって薫やクラスメートとたわい無い雑談をして、二時間目の英語へ。嬉しいことに、これも何も起きずに終わった。三時間目の国語も。


 そして四時間目の日本史。担任である吉田先生の科目だ。

 朝のホームルームぶりに教室へ戻ってきた先生は、やはり先週の金曜日に行われた実力テストの束を持ってきていた。


 授業に入る前にテストが返却され、俺も渋々と受け取る。

 結果は――悲しいかな、予想通り平均点より下だった。ガーンと効果音が鳴りそうな表情で落ち込んでいる薫よりはマシだろうけど、初テストから幸先が悪い。

 神羅に心を乱されなければこの程度のテストなら高得点は堅かっただろうに、勿体ないことをした。


 だがまぁ、神羅も気持ちを入れ替えたようだし、この事は答案用紙と一緒にトイレの水にでも流して綺麗さっぱり忘れてやろう。


 そう思って授業を受けていた時、教室後方の引き戸が勢いよく開いた。

 クラス全員の視線が集まる。


 そこから現れたのは、神羅だった。

 彼女の少し後ろにはさも当然のようにメイド服の天使も居て、神羅の物であろうスクールバッグを両手で持っている。


 乱入者が神羅だと認識した瞬間、俺以外の全員は平然と授業へ意識を戻した。

 天使を引き連れ、先週よりも若干覇気のない顔つきで教室内にツカツカと入ってきた神羅は、俺の右隣の小林君とその右隣の横山さんの前で立ち止まり、彼等に声を掛けた。


「あんたとあんた、私達とクラスを代わりなさい!」

「「はい、神羅様」」


 師匠に努力が認められた弟子のように至福そうに返事をした二人は、一片の迷いも無く荷物をまとめて、愛を以て教室から出て行ってしまった。

 天使も合わせて二人分の席を確保したということだろう。


 せっかく少し会話をして距離を縮めた友達候補の二人だったのに…………。


 こんな異常事態だというのに、先生もクラスメート達も我関せずと授業を進行している。入学式での神羅とのお約束一つ目に従い、このイレギュラーを無視しているのだろう。


 やはり他人が自我を失う様子を見ると昔の出来事を思い出して、気分が悪くなる。


「何のつもりだ、お前……!!」


 気色ばんで問い詰めたが、隣に立つ神羅は何が悪いのか分かっていない様子だった。

 にやりと自慢気な笑みを浮かべて俺を見下ろしてくる。


「ふふ、知ってるんだから。男子は席が隣になった女子を好きになっちゃうんでしょ? 男子が隣に来た転入生の美少女に惚れちゃうのは一般常識よね!」

「そんな信憑性皆無の一般常識をどこから得たんだよ……」


 アニメや漫画じゃあるまいし。

 いや、創作物ならそもそも主人公の隣だけ不自然に空席だからまだマシだ。こいつは無理矢理に席を空けさせる分、余計にたちが悪い。


「愛させるためには先ず距離感をなくして私の存在を意識させることって天使が言ってたもの。観念したら、私を愛しなさい!!」

「何が観念だ。他人に命令するなって言っただろ」

「仕方ないでしょ、こうしないと近付けないんだから。それに命令じゃなくてお願いしたら代わってくれただけよ。愛されているだけだもん、私は悪くないわ」


 他人が抗えないのを良い事に白々と。


「それに、なんで授業中の今なんだよ。せめて朝一で来いよ」

「起きられなかったんだから仕方ないじゃない」

 

 つまり……寝坊したってことか?

 神羅が眠そうに欠伸をした。もう昼だというのにまだ眠り足りないらしい。

 こんなにも堂々と偉そうに遅刻する人間がいたなんて。


 俺は敢えて小さな天使へ矛先を向けてみた。


「メイドってことは家でも仕えているんじゃないのか? こいつを管理しろよ」

「声はかけましたが「あと五分」と呟く寝顔があまりにも愛らしいので見蕩れてしまい、気付けばこの時間になっていました」

「五分どころか、もう四時間目だぞ……。何時に寝たんだよ」

「九時よ」


 何故か超ドヤ顔された。早寝が偉くて褒められることだと信じているらしい。

 てかその時間に寝てまだ眠いのかよ。


「愛を以て起こすか見守るか、事前に確認しておくべきでした。申し訳ありません」

「いいのよ天使。早起きしなきゃいけないこの学校が悪いんだから。いっそのこと、午後から始まるように変えさせましょ」

「妙案です。早速手続きを――」

「するな!! お前達と話していると頭が痛くなってくる……」


 こんな奴等の相手をしなくちゃいけないのか……。

 今後を憂い、俺は頭を抱えた。

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