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第11話 愛の正体

「愛っていうのは、自己満足だ」


 愛だなんていうくだらない概念の正体を、俺は淡々と語る。


「愛は、他人と一緒に過ごすうちに少しずつ自然と抱く、その人のことを心から幸せにしてあげたいという強い想い――そんなものは幻想。建前にすぎない。この世に無償の愛なんてない。恋愛も友愛も家族愛も、全て見返りを求め、自分が生きやすくなるために抱く欲望を愛という綺麗な単語で装飾しているだけだ」


 理解できているのか分からないが黙って聞く神羅へと、自嘲するように続ける。


「性欲を満たすために男女交際し、世間体を気にして家庭を持ち、自分の血を後世に残して孤独に一生を終えないために子を作る――血の繋がりがある家族ですら、欲望の結果に生まれたギブアンドテイクの共依存関係でしかない。友愛なんて言わずもがな、恋愛となれば尚更だ。お前は俺に愛せと言うが、【私乃世界】で無償の親愛を抱かれるでもない限り、血の繋がらない男が女に抱く愛情なんてのは性欲や支配欲や独占欲でしかない。結局、人間は何よりも誰よりも自分を愛しているから、自分が気持ち良く生きていくために他人を大切にしているふりをしているだけだ。それでも、生憎なことに俺はもう二度と他人を愛さないと決めているんでな。どちらにしろ、なんと言われようがお前に愛情を抱くことはないが」


 他人を愛したところで、結局はそれを失った時に一番愛しい自分が苦しむだけ。

 ならば他人なんて愛さないほうが良い。自分だけを愛して生きていけば良い。

 それを俺は理解していた。


「出会ったばかりの人間が直ぐに愛しあう方法もあります」

「なに?」

「セックスです」


 長々と語った結果、凄くシンプルな一言で論破された。

 天使は羞恥心の欠片もなく至って真剣な眼差しを向けてきている。冗談ではないらしい。


「セックスは愛情表現の一つで、愛し合うとも言い換えられています。また、たとえ性交時は愛が無くとも、行為後は相手へ少なからず好意を抱き、愛情に発展します。それも互いに初体験であれば、その後も自然と意識しあい肉欲に溺れて求め合う関係に――」

「ほ、他の案を出してっ!!」


 どんな流れになるのかと期待を抱いて様子見していたが、顔面をオーバーヒートさせた神羅に遮られた。俺は異論なかったので非常に残念だ。

 だが、神羅だけでなく俺も未経験だというのはどうやって調べた情報なんだよ。


「それに、何がお前達の求める愛の基準なんだ? 具体的に俺にどうしてほしいんだよ」


 妙案を却下されたばかりの天使だったが、数瞬の思考の後に無表情のまま口を開いた。


「結人さんは先程何やらグチャグチャと戯言を言ってましたが、やはり恋愛感情を抱くことが最も分かり易い答えだと思われます。恋愛には告白して想いを伝えるという明確な線引きもあります。なので結人さんには神羅様への恋愛感情を抱き、告白してもらい、神羅様の恋人になっていただきます」


 グチャグチャと戯言をって……。

 何を勝手なことを。俺がそう口を挟む前に、神羅が言った。


「こ、こいつと恋人に……」

「こっちが願い下げだ」


 半分嘘だが半分本心だった。悔しいことに神羅は美少女だから。

 俺は誰とも付き合う気もなければ愛する気もないけれど。


「他人に愛されるためには先ず自分から愛することです。結人さんに好意を抱かせるために最も効率的な方法は、神羅様自身が恋人のように愛を以て彼に接することです」


 天使が「ここに男性に関するデータがあります」とタブレットを数回タッチした。電子黒板から天使のプロフィールが消え、何やら複数の円グラフが表示される。


「男性には『自分を好きな女が好き』や『尽くしてくれる女なら誰でもいい』という屑な傾向が見られ、男子高校生になると約98%がその思考をしています。また男性は些細な事でも女性から好意を抱かれていると脳が錯覚を起こす哀れな欠陥持ちの痛々しい生物で、一度笑顔で挨拶をしてくれただけのクラスメート女子に告白して振られた童貞男子高校生の比率は実に75%になります。つまり、所詮男は勘違いしやすい馬鹿な生き物なのです」

「成る程……そうだったのね……」

「そうじゃねぇよ!! どこから取ってきたデータだ!! しれっと男をディスるな!!」


 なんて理不尽なまでの下等生物扱い。

 一応全国の同志たる童貞男子高校生の名誉のために全力で否定したけれど、少し納得できてしまう内容なのが悔しい。


「ですので結人さんからの愛を得るためには、恋人のように接して神羅様から結人さんへ好意を伝え続けることが一番の近道です。それが真意でなかろうと、形だけでもアピールしていれば男の結人さんは神羅様に惚れてメロメロになってしまうのです」

「ならねぇよ。第一、その作戦を俺の前で言った時点で意味ないだろうが」

「大丈夫です。所詮男は勘違いしやすい馬鹿な生き物なのです」


 天使は眉を八の字にして微笑しながら、声色に若干の嘲弄を込めて言った。

 このツインテールメイド、完全に世の中の男を見下しているようだ。

 ここまで愚弄されて黙っていたら男が廃る。ビシッと言ってやらなくては。


「絶対惚れたりなんてしねぇよ。あんまり男を舐めるなよ? 男の決意と友情と結束は何よりも固いんだ。男子たるもの、かくあるべしってな」

「男性が持つ固い物なんておちんちんくらいです」

「そんなことねぇよ!?」

「神羅様を愛せば、私とエッチさせてあげますよ?」


 ゴクリ……!!


「って、そんなのに釣られるか! バカにすんな!」


 危なかった。喉を鳴らしたところで正気に戻れた。


 そんな風に言い合う俺達を横目に、神羅は顎に手を当ててムムムと唸りながら酷く悩ましい様子を見せていた。天使の提案を吟味しているのだろう。

 神羅が値踏みするように俺を見た後、やがてぷいっと窓の外を向いて言った。


「し、仕方ないわね。私が勘違いさせてあげるから、私を愛しなさい!!」

「…………」


 もう何がなんだか分からなくなってきた。


「では先ず結人さんに意識させるために接触機会を増やしましょう。神羅様はCクラスへ変更し、席も結人さんの隣へ。登校時と帰宅時には共に――」

「おい、勝手に話を進めるな! 俺の意思はどうなるんだよ!」

「拒否しても構いませんが、神羅様を愛さない人間には消えてもらいますよ?」


 可愛い顔でサラリと恐ろしい事を言うな。


「それに愛を蔑んでいた結人さんにだって大切な人達はいることですし」

「…………どういう意味だ?」

「全人類は私の愛の虜なのよ。中にはあまりに私が愛しいあまり、自分の命を絶っちゃう人もいるかもしれないわよね」

「っ……!!」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら脅された。

 神羅が「愛のままに死になさい」と命じれば、全人類が愛を以て自らの命を絶つというのか?

 流石に本気で実行する事はないと思いたいが……この女ならやりかねない……か?


 考えると同時、思い出したくなかった過去の映像がフラッシュバックした。

 幼馴染みの少女の笑顔を。

 彼女と共に乗り越えてきた地獄のような時間を。


 俺はごく普通の日常に憧れる平凡な高校生でしかない。

 ただ、安寧が欲しいだけなんだ。

 小中学生時代に失った学校生活を、青春を謳歌したいだけなんだ。


「なにより結人さんには恋人も想い人もいないため、問題ないはずです」

「それは……いないが……」


 二人の言葉は冗談だろう。

 ここで神羅を完全に拒絶しても、実際に俺や家族が危害を加えられることはないはずだ。多分。恐らく。希望的観測。


 だが、神羅の歪な感情を受け止めるのは【絶対拒否】の俺にしかできないことでもある。

 俺を必要とする人が居るのなら、どんな形であれ力になってあげたい。それも本心。


 それでも、万象神羅の存在を受け入れられない理由があった。


「言っただろ。俺は、もう誰も愛さないって決めたんだ」


 だから俺は、決して神羅の望みを叶えることはできない。


「なんで? 私みたいな美少女を好きにならないわけないでしょ」

「…………他人を愛しても、幸せになれるとは限らないんだよ」


 瞼を閉じた。視界を消して、もう一度考えた。

 今までの人生を頭の中で思い返した。一年前の出来事を。この一年間の出来事を。

 そして、答えを出した。


「分かったよ。恋人みたいに振る舞って、俺がお前を好きになったら正直にその想いを告白すればいいんだな。まぁ、そんな日は一生こないが」


 親身に接してあげていれば神羅もそのうち満足してくれることだろう。


「そこまで言われたら、絶対に私を愛させてやるわ」

「大丈夫です。神羅様に好意を向けられて堕ちない男はいません」


 天使に褒められた神羅は、長い睫毛をしなやかに揺らして得意面を見せた。


「そうね。私が愛してあげるから、あんたも私を愛しなさい!!」


 そう啖呵を切ると、「行くわよ天使」と言って、ズンズンと教室から出て行った。

 特注制服の金髪少女と、後ろをついていくツインテールメイドの組み合わせは嫌な程に様になっていた。


 そうして嵐が去った静寂の中、俺は無人の教室に一人ぽつんと残された。

 その場に立ち尽くしたまま窓の外を眺める。とても良い天気だ。ハゲのおかげだ。


「…………私を愛しなさい、か」


 胸中には不安九割と期待一割がミックスされた不思議な感情が渦巻いていた。


 その後、一時間目終了のチャイムが鳴って休み時間になると生徒達が教室に帰ってきたが、薫を含めて誰一人として俺に神羅との会話の内容を尋ねてはこなかった。


 二時間目は神羅の介入で自己紹介できなかったクラスメートが自己紹介を終え、学校案内され、テキスト類を受け取った。


 三時間目は入学直後の実力テスト。当然俺は神羅との一件のせいで集中なんてできるはずもなく、頭が回らなくてボロボロ。


 四時間目は新入生歓迎会。体育館で上級生達のありがたい出し物や部活動・委員会の紹介をしてもらい――。


 そうして、波乱の二日目が終わった。

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