黄金の街
私たちはバレンシアの街に辿り着いた。道中はぐれの魔獣が姿を現したこともあったが、私が魔術を使うまでもなくミリィが一刀の元切り伏せた。頼もしい相棒だ。
途中で泊まった町の宿場や、最短経路を取るために金を握らせて一部屋借りた村の民家では特に問題もなく、順調な旅だった。ただ、バレンシア領に入ってからの、人々の生活の苦しそうな様子が印象的ではあった。巨大な山脈に囲まれたこの教国内で、聖都の次に金銭的に豊かな所だと聞いていたからだ。その話をして、何かあったのかと尋ねても皆一様に首を振るだけだった。
堅牢な城郭都市としても有名なバレンシアは、その城壁こそ実用さを重視した無骨な石造りのものであったが、門を潜り抜けた瞬間、風景は一変した。立ち並ぶ建物の至る所に使われている金銀装飾、遠くに見える城からも太陽光が反射してくるようだ。露店でさえも魔塔周辺のそれとは違って規則正しく整列され、よほど金銭に余裕があるのか、それらの看板には宝石類が吊り下げられたり、魔塔が販売している高額な蛍光塗料などが使われている。街中を唸るほどの金が飛び交っているのが一目で分かった。
「エル、なんだここは。通ってきた町と暮らしぶりが随分違うじゃないか」
「私にも分かりませんよ。領内の他の町も楽な生活ができているという噂だったはずですし……」
ミリィと話していると旅館の客引きなのであろう、街角を行き交う貴金属で飾り立てまくった住民らしき者たちよりも、幾分か控えめな恰好をした女が近づいてきた。露店を出している者にしてもそうだが、皆違和感を覚える程に整った顔をしている。
「旅のお方とお見受けいたしますが、今晩の宿はお決まりで? 最近は連泊の旅行客様方が増えておりまして、広い街ですがなかなか空いている宿屋を探すのも難しくなっております。もしよろしければ当店で泊まっていかれてはいかがでしょうか」
「実は随分と派手な街並みに圧倒されていたところでして、連れと泊りの代金が足りるだろうかと相談していたところなんです。ちなみに空いている一番安いお部屋はお幾らになりますか?」
正直なところ、師匠が出て行ってからは真面目に仕事をこなしてきたし、金の使う当てもほとんどない生活をしていたため、路銀には困っていない。しかし、この風景を見ていると幾ら吹っかけられるのか不安になる部分もあった。
「まあ! ご存じなかったのですね。お触れが周ったのはたった数日前のことですし、無理もありません。ここの統治官様のご意向で、旅のお方にはお部屋とお食事を街の予算を使ってご用意しているのです。お客様からは銅貨の一枚もいただきませんので、ご心配には及びませんよ」
私とミリィは眉をひそめながら互いを見合った。少しよろしいですか。と客引きに断ってから声を潜めて相談する。
「どう思いますか? どうにもきな臭くてかないませんが……」
「私よりもエルの方がこういったことには詳しいだろう? 確かに怪しいが……その眼を使っても何か分からないのか?」
義眼の運用とそれに伴う脳の損壊の治療に慣れるため、起きている間はずっと義眼を起動するようにしている。その為、私の視界には常人の目には見えない魔力の流れや精霊の通り道、物陰に隠れた生物などが写り続けている。師匠の手紙から、なんらかの問題に巻き込まれる可能性も考慮して、街に入る前からはより目を凝らして視界内の情報を処理しようとしている。
「正直なにも。街に入った途端そこら中を魔力や魔力経路が飛び交っていて、何が何やら分からない状態で。たとえ魔塔の中でもこんな密度にはなっていないはずですよ」
いったいこの魔力はどこから来ているのだろうか、都市の生活網の維持の為に魔術師が交代制で魔力を供給するのは一般的ではあるが、それを国中の手練れをかき集めている魔塔を超える密度で行うとなると……師匠のような逸脱した凄腕が存在しているのか、それとも魔塔の目を掻い潜って相当な数の魔術師を集めているのか。
師匠がここへ行けと書き残した理由がこの魔力なのか、不自然な金の流れなのか、いずれにせよそれを突き止めなければならないだろう。
「なのだとしたら、もうその客引きについて行ってもいいんじゃないか。町中がこの様子ならどこの宿屋へ行っても同じことだろう」
確かにそうだ。客引きらしき人物は街の入り口に何人も構えていて、旅の者が入ってくる旅に捕まえに動いている。少なくとも私たちを狙った罠ではなさそうだった。もちろん、全てが罠だという可能性はあるが。
私たちは腹をくくり、声をかけてきた客引きについて行くことにした。




