さん
何故か長くなる病。
「聞いているのか、ミレイヤ・ジョバスティ!!」
半年近く前の出来事に思いを馳せていた私は、フルネームを大声で呼ばれて現在に戻ってくる。
「ええ、ええ、勿論。貴方の喧しい声とは聞こえておりました。ただ、煩すぎて内容は聞こえてきませんでした。……えっと……ノイズ王子」
「ノインだ! 貴様、婚約者の名前も覚えていないというのか! しかも俺の話を喧しいや煩いなどと、不敬だぞ!!」
「失礼しました。ですが、貴方の声は大きすぎて耳が痛いのは事実。もう少し声の調子を落として頂けますこと?」
「貴様……! 第二王子である俺を馬鹿にしたな!?」
「いいえ? 事実をお願いしているだけです。それで、なんですって? 婚約破棄?」
「ああ、そうだ! 貴様は俺という婚約者の立場にありな」
「いいですよ、喜んで婚約を破棄しましょう」「はぁああああっ!!?」
うっっるさ。思わず耳を掌で覆う。
あー、なんだかこの煩さでミレイヤ・ジョバスティの持つこの騒音王子の情報思い出してきたわ。
「喜んで、婚約破棄すると申し上げたのです。このことは父ジョバスティ伯爵に伝え、後程城の方には正式に通達させていただきます。ええ、早急に通達致しますとも、ご心配なさらず」
「ちょちょちょちょっと待て! 何を言ってるんだお前は!?」
「何って、婚約破棄の話です。貴方から申し上げたのでしょう?」
「何故だ!? 普通、ここは泣き叫んで縋り付いて俺に婚約破棄をしないでくれと許しを請うところだろう?!」
「何故そんなことしなければならないのですか? 折角煩わしい婚約者と婚約破棄できるのに」
「だ、第二王子だぞ、俺は! 王族と懇意になれるのだぞ!? そんな好機を貴様はみすみす見逃すというのか!? この婚姻を望んだ父上たちがどう思うだろうな! 困るのは貴様の方だぞ!!」
……はあ。
私は隣にいる美少年、リゲルに視線を移す。
「ねえ、リゲル。わたくしがノイズ王子と婚約破棄して、ジョバスティ伯爵家が困ることはある?」
「ノインだ!」
「無いですね。それどころか旨味のない縁談だったので、婚約を無かったことにして頂けたら非常に助かると父が常々言っていましたよ。婚約解消は願ってもない話です」
「は、はぁ〜!? 何を言ってるんだ、貴様! 王家の定めた婚約にケチをつけるとは、何処の家の者だ! 名を名乗れ!」
えええええ。顔見てわかんないかな? 私とリゲル、結構似てるはずなんだけど。
「……姉さんと僕の顔を見てわかりませんか? 貴方の現婚約者ミレイヤ・ジョバスティの弟、ジョバスティ伯爵家が長男、リゲル・ジョバスティです」
「えっ? ……あ……」
「まあまあ、知らないのも仕方ありませんわ。ノイズ王子は我が家に来たことがありませんものね。もしかして、弟とは初顔合わせなのでは?」
「えっ!? お姉様、第二王子との婚約は十年前に成立したと聞いてたんですけど、その間一度も来たことが無いんですか?」
「はあっ!? 貴様、何をおかしなこと……ノワール・フラウア!?」
そう声を上げたのは、私の隣の椅子に座る美少女天使ことノワール。雑音王子、初めて学園の天使ことノワールが居たことに気づいて顎が外れんばかりに口を開けていた。
「うーん……私の記憶を遡る限り、無いわね」
「ふ、普通、第二王子である俺に手紙を送って、お前が来るのが普通だろう!?」
「一応、婚約者として交流しようと書いた手紙も、何かしらのパーティーを催した際の招待状も送りましたが、返事すらくれたことがないじゃないですか。三年目くらいで紙の無駄だからって父が送るのを止めたのですよ。気付いてました?」
「え……嘘……そんなの、見たことない……」
あっそ。どーせ、うちからの手紙なんて見ないで捨ててたんたろうな。
ノイズ王子、顔を真っ赤にして絶句してやんの。ウケる。
え、てか何、まさか私がこの馬鹿王子を愛してるとでも思ってたの? 冗談キツイぜ。
背後に控えていた迫力のある美人メイド、クヴィエチナを振り返る。
「大体……ねえ、クヴィエチナ。ここ数ヶ月の間に、わたくしの婚約者殿から何かしらの連絡はあったかしら?」
「いいえ、ミレイヤ様。お手紙も贈り物も一切ございませんでした。代わりに、バスティーユ公爵家の嫡男とスティル伯爵家の次男の他、男女問わず多数からのお手紙はよく拝見しております」
バスティーユ公爵子息とスティル伯爵家子息って、クヴィエチナの呪いに掛かってた二人ね。
「そうよね。だからわたくし自身、貴方という婚約者の存在なんてすっかり忘れていましたもの。そんな相手との婚姻を結んでいたいと、わたくしが思っているとお思いなのですか?」
「く、口ではそんなことを言っているが……」
「というか、久し振りに見ましたけどどちらにいらしたのですか? ちゃんと学園に通ってらしたのですか?」
「それは仕方ないよ姉さん。姉さんは上級クラス、ノイン王子は初級クラスなんだから」
ああ、なるほど。階自体違うもんね。そりゃ会わないわ。
クスクス、クスクスと周りから忍び笑いが聞こえてきて、ノイズ馬鹿はキッと周りを睨んだ後、再び私を睨みつける。
「ふ、ふん! まあいい! とにかく、貴様が行った悪行非道は許せるものではない! その最たる被害者であるノエル・フルール子爵令嬢に、速やかに謝罪しろっ!!」
「…………………………は?」
今、なんつった?
ノエル・フルール子爵令嬢? え? ウソ、いるの? だって同じクラスにいなかったよ……?
私が混乱していると、ノイズ野郎は何を勘違いしてるのか勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
「ノエル、こちらへ」
「はい、ノイン様」
「……ノエル?」
勘違いノイズが背後に呼び掛けると、たたた、と軽い足音と共に、愛くるしい少女が現れる。
……ノエルだ……。
確かに私がデザインしたノエル・フルール子爵令嬢だ! 思わず席を立って彼女の到来を迎える。
ノワールが正統派美少女なら、彼女は庇護欲を掻き立てられる美少女といったところだろう。俯き加減の不安そうな面持ちでやってきたかと思うと、こちらを一瞥することなく、なんの躊躇も迷いもなく私の婚約者(仮)に体を預けた。その小さく震える体を、婚約者(仮)は力強く腕の中に収める……。
あれれぇ〜? おかしいぞ〜? あちこち跳ね回る兎のように勝ち気な主人公らしく元気な女の子のように描いたはずなのに、なんだ、この生まれたての子鹿は……?
「はっはっは! 動揺しているな。ここにノエルが現れるとは思ってもみなかっただろう。貴様の非道、バレていないと思っていたのか?」
「……え? 何の話ですか?」
「とぼけるな! 貴様がこの愛らしいノエルを虐げていたのは周知の事実! こいつらが証人だ!!」
その声と共に、何処からともなくズララッと現れたのは、見覚えのある顔触れ――ノワールに無体を働こうとしてて、勝手に失墜して姿を消した薔薇側攻略対象の四人だった。うっわ懐かし。半年以上ぶり。生きとったんか。
「そんな虫をも殺さぬ穏やかな顔で、貴女がこんな非道な行いをするとは思ってもみなかった。……正直、とても失望したよ」と、元王太子の現継承権最下位の第一王子。
「ノエルに対し、公然で叱責し、悪口を吹聴し、所持品を隠すなど数多の嫌がらせを繰り返し、あまつさえ階段から突き落とし怪我まで負わせるとは……。一体、どういう考えに至れば、こんなか弱くも愛らしいノエルを虐げようと思えるのか……僕には理解できません。人として終わってます」と、元宰相息子の現下級兵士。
「貴族令嬢の風上にも置けない、姑息で卑劣な女よ! 他人の目は誤魔化せても、この俺は誤魔化されんぞ! 正義の名の下に、大人しく罰を受けろ!」と、元騎士団長息子の現放逐息子。
「君のそのお綺麗な皮の下には、恐ろしい魔女が潜んでいるんだね。血は毒で、肉は腐敗しているに違いない。君はノエルを妬んでいるのだろう? ノエルは君と違い、汚れなき清らかな心を持つ聖女なのだから」と、元公爵子息の現どこぞの女貴族の燕。
……うっわ、言ってることが何言われても気にならないくらい悲惨な墜落ぶり! やばい、笑い転げそう。流石にこの場で爆笑は出来ない。顔を見られないよう頭を下げ、更に手で顔を覆い、笑いの波が去るのを待つ。
「ふん! これだけ証人がいれば、いかな貴様だろうと言い逃れはできまい! ノエルは俺と机を並べ、共に勉学に励む仲! 貴様から嫌がらせを受けながらもいつも笑顔の愛らしい可愛い女だ! そんな健気で優しいノエルが泣きながら相談してきたのだぞ! さあ、ノエルにこれまでの事を詫びろ! もう二度とこんなことはしない、俺に逆らわないと跪いて誓え!!」
あ、こいつと同じクラスなのね。だから姿見かけなかったのか……。
「ぶふぅつ!!」
ああもう折角我慢してたのに、口を開けたらだめだった、吹き出しちゃったよ!! しかも盗み見たら、めっちゃ後ろに反り返りながらビシイッと私を指差すもんだから、おかしくておかしくて。もう駄目だったよ。
でもそれは周りも一緒だったみたいで、私の吹き出しを皮切りに、リゲルたちだけではなく、この喜劇の現場であるカフェテラスにいる全員が大きな笑い声を響かせた。笑っていないのは、空気の読めない六名だけ。何故笑っているのかわからない彼らは、奇異なものを見るような目であたふたと周りを見渡していた。
「な……! な、なんなんだ貴様ら! 何を笑っている!!」
「いや、失礼……。この場では誰よりも立場の弱い第二王子から、そんな上から目線で言われるとは思ってもみませんで……ププッ」
「な、な、な、何だとお!? 俺は第二おう……」
「はー、おかしい。ねえ、お義姉様。私がジェシーラお義姉様から聞いた話では、確か王様の方からジョバスティ伯爵家に婚約の打診があったと聞いてたんだけど、間違ってないよね?」
リゲルに続き、ノワールの口撃。
「ええ、そうよ。ノワールはかしこいわね」
「この国に住む貴族として、常識です!」
ふん、と小さな胸を張るノワールは今日も可愛い。よしよしとチョコレート色の髪をよしよしと撫でると、満面の笑顔を浮かべてくれる。うーん、可愛い。
「か、かわいい……」「可愛い」「なんと清らかな愛らしさ……」「ああ……愛おしい」「この世に舞い降りた天使……おっちょこちょいをして、そっちに行ってしまったんだね……助けないと……」と空っぽ王子と愉快な馬鹿たちが呟いている。ノエルが「……ノイン様?」と腕の中から見上げると「はっ!す、すまんノエル! つい……」と謝っていた……。 どういう力関係?
「だ、だとしても俺は現王の血を引く第二王子であることに変わりはない! たかだか伯爵令嬢如きが、王族に逆らっていいと思っているのか!?」
さっきリゲルが言った『誰よりも立場の弱い』って台詞もう忘れたのか、この鳥頭。
「あの、だからですね……」
「もう止めて! これ以上ノイン様を困らせないで!!」
説明しようとした瞬間、芝居がかった鼻につく甲高い声と共にノエルが庇うように能無し王子の前に立つ。
「全部あたしが悪いんです! あたしが身の程を弁えず、ノイン様のお側にいるから悪いんです! それはわかってます! わかってますけど、止められないんです! 愛してしまったんです! お願いです! どうかあたしとノイン様の仲を認めてください! お願いします、スザンヌ様って誰っ!?」
最後の最後、ようやく私を見たノエルが、流れるようにボケをかました。
お読みいただきありがとうございました♪