いち
軽い気持ちでお付き合い願います。
「ミレイヤ・ジョバスティ伯爵令嬢! 俺という婚約者がありながら、数多の人間を誑かした悪女め! お前が犯した数々の不埒な悪行、到底見過ごせるものではない! お前との婚約を破棄させてもらう!!」
え、誰こいつ。
ここは貴族子息子女が通う学園の屋上にあるカフェテラス。今は午後のティータイム、私ことミレイヤ・ジョバスティは見晴らしの良いテーブル席で弟と友人たちと楽しくお茶をしていたところに、突然男が乱入してきて高らかに婚約破棄を宣言された。
正直何を言われているかわからない。ポカンと目を丸くして固まっていると、弟のリゲルに『ノイン・リリーローズ第二王子ですよ。……姉さんの、婚約者の』と小声で囁かれた。
婚約者……いたのか、ミレイヤ・ジョバスティに。しかも第二王子とかマジか。
いや、まあそりゃあ年頃の貴族娘なんだからいてもおかしくはないけど、全く記憶になかった。それほどミレイヤ・ジョバスティの中では婚約者の存在はどうでもよかったらしい。
飲みかけて持ち上げたままだった紅茶に口を付け、一呼吸吐く。
自分のことなのに、何故こんなにも他人行儀なのかと言えば……お察しの通り、私は転生者である。
転生先は、恋愛シミュレーションゲーム【呪われた百合と欺かれた薔薇】の舞台であるリリーローズ王国。
『前代未聞! 未だかつてない、常識を覆す恋愛シミュレーションゲーム爆誕! 衝撃のラストを貴方に……!』と謳い文句があるこのゲームは、女主人公と男主人公が選ぶことが出来る。
攻略対象は、それぞれ色別の薔薇の花言葉、百合の花言葉をモチーフとしたキャラクターで構成された男女五人ずつの計十人。物語は共通で、各キャラクターとの好感度を上げて、貴族だけが通う学園ロマンスもの。恋愛イベントを発生させ……と、よくある普通のシステムだが、期待値を高める為にとビジュアル、キャラクター情報、世界観しか公表されなかった。
それというのもこの制作会社が世に送り出した第一作目である前作のノベルゲームが、そこそこ評価が高かった為、ユーザーの信頼度も高かったのだ。
中でもユーザーが期待したのは、『貴方は十人の中の誰の手を取る?』という煽り文句。
これはつまり、主人公が男女選べるだけでなく、攻略対象を男女問わず誰でも選べるなら、ノーマル恋愛だけでなく、同性同士……所謂百合や薔薇展開も望めるということではないか? 斬新という訳ではないが、性の多様化を望む声と批判が叫ばれる中での強気な姿勢に、その界隈を好むユーザーたちから期待の声が多く挙げられていた。
だが、その期待は物のの見事に裏切られ。
蓋を開けてみれば、百合もなければ薔薇もない。百合と薔薇に見せ掛けた普通の乙女ゲームだったのだ。
どういうことかといえば、
①女主人公で百合展開に望んだ場合。
百合の花言葉をモチーフとした麗しき女攻略対象と恋愛を楽しむが、終盤に『子を産めないから』と離れ離れになりそうに。だがそこで攻略対象が実は呪いにかかっていた男で、愛の力で呪いが解け、二人は無事結婚して子供を作ってめでたしめでたし。
②男主人公で薔薇展開に望んだ場合。
薔薇をモチーフにした男性と恋愛。ラストは女主人公同様に離れ離れになりそうだったが、まさかの主人公が男だと思いこんでいた女だったという予期せぬ逆転劇で結婚してめでたしめでたし。
③ならば普通に乙女ゲームとしてプレイする場合。
終盤で攻略対象との間に男側が浮気疑惑みたいな誤解を生じて、浮気相手とされる魔女によって女側が死に至る呪いがかかり、紆余曲折を経て愛の力で解呪されるとか最後に無理やり纏めた感のあるテンポの悪いストーリー。
宝塚のような耽美系の乙女ゲームだと思って買った人、百合や薔薇のあるゲームだと思って買った者、純粋に物語を楽しもうと思って買った者……つまり、殆どのユーザーの期待を裏切ったクソゲー中のクソゲー。それがこの【呪われた百合と欺かれた薔薇】なのだ。
途中途中がガチ百合薔薇だった分、エンディングでの酷いどんでん返しに、百合薔薇勢は発狂。
運営に怒りの声が殺到したが、彼らは『別にBLとも百合とも謳ってない』と飄々としたもので。それが多くのゲーマーたちの怒りを誘い、【呪われた百合と欺かれた薔薇】はSNSのトピックスに乗るほど炎上したのである。
前世の私こと野萩美晴は、そんなクソゲーのイラストを担当したアマチュア絵師だ。本職はしがないOLだった。
子供の頃からの趣味であるイラストを、SNSやイラストサイトに細々と上げて、楽しんでいたある日、企業から『うちで今度作る恋愛シミュレーションゲームのイラストを担当してくれませんか』と案件がきて、よっしゃ! と有頂天になりながら、担当に指示されるまま描き上げたら、中身は詐欺まがいのクソゲー。
しかも運営が謝罪するどころか煽るもんで、そのお鉢はイラストを担当した私にまで回って来てしまったのだ。
調子乗ってプロフにイラスト担当しました! なんて書いたSNSは晒し上げられ、これまで描いたイラストには「下手くそ」「金返せ」「私の方が上手い」等と悪辣なコメントが膨大な数を書き込まれた。
金返せなんて私に言われても困る。私は先方の指示通りのイラストを描いただけで、なんの権限も無い。
だから運営側に何とかしてくれと電話したら、『次の制作で忙しいから、自分でなんとかしろ』と言われガチャ切り。以降ブロックされたのか、何度掛けても通じなくなってしまった。信じられない所業である。最低最悪なことに、そういった会社側の所業を証明するものがなかった。
勿論、私は悪くないと言ってくれるファンもいたが、圧倒的に多い酷い書き込みに私の精神は参ってしまった。
SNSとイラストサイトは削除し、もう絵を描くのは止めようと決意。
道具を諸々ゴミ袋に詰め、ゴミ捨て場に捨てに行こうとした時に、階段から足を滑らせて……気が付いたら、ミレイヤ・ジョバスティになっていたのだった。
ちなみに、ミレイヤは【呪われた百合と欺かれた薔薇】に直接的な関与はない。
関係あるのはこの弟。オレンジ色の薔薇の花言葉、《無邪気》モチーフのリゲル・ジョバスティの方だ。
私が憎むべきクソゲーに転生したと気付けたのは、私が精魂込めて手掛けた一人、リゲルが眼の前に現れたからだ。
リゲルは主人公の一つ下で、ミカンのようなオレンジの猫っ毛の髪を持つ、所謂ショタ系美少年(そんな弟を持つ私も、リゲルに大人っぽさと女らしさを足した美少女であることは註釈しておく)
ミレイヤはリゲルエンドの結婚式の時に『弟を宜しくお願いするわね。これから家族として、仲良くしましょう』と台詞だけがあるモブ中のモブ。
何日か過ごし、学園には私が描いた通りの攻略対象たちがいることを確認し、今流行りの異世界転生したと理解した私が、即座にしようと思ったことは唯一つ。
「この物語を破綻させ崩壊させてやる!!」
だった。
お読みいただきありがとうございました!