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私は強い子、元気な子

 私は強い子、元気な子。

 私は強い子、元気な子。


 私は毎晩、寝る前に布団の中で何度も自分にそう言い聞かせる。

 そうしないと、私の心はどんどん歪んでいってしまうと感じたし、日々の重圧に耐えるためにはどうしても必要な儀式だった。

 何をそんなに追い詰められているのかといえば、私には人の心の色が見えてしまうのだ。

 怒りを覚えたときの赤黒さ、ウソをついているときの色のごちゃごちゃに混じった曖昧さ。

 上辺では笑っていてもしらけている心の様子や、思ってもみないことを言っている人。

 そんなものが相手の胸の辺りに、浮かんで見えてしまうのだ。

 だけど、私だって話の中で時には相手に合わせるために、心にないことを言う時もある。

 人は誰しも多かれ少なかれ、そんな部分があるんじゃないかと自分を説得した。

 そうして、こんな風に毎晩私はおまじないを唱えるようになった。

 透けて見えてしまう他者の心に負けないように。世の中を悲観しすぎないように。

 私は出来るだけ明るく元気に振る舞い、周囲にも闊達な子として認識されていた。

 自分の中にある、心の色が見えてしまうという傷は押し隠して、無理にでも笑い、無理をしてでも元気に振る舞った。そうして、自分が思い描くこうありたいという私を作り上げてきたのだ。

 大学でも、私は元気で明るい子として友達たちに認識されているはずだ。

「私は強い子、元気な子……」

 今日も布団の中でまどろむまで、虚しくおまじないを唱え続けていた。


 そんな私の周囲に変化が訪れたのは、五月の上旬のころだった。

 お父さんが働いていた会社が突然倒産し、お父さんは思いがけず無職になってしまったのだ。

 お父さんは数日呆然自失としていたが、すぐに再就職のアテを探すべく活動を開始した。

 けれどまったく成果はあがらず、お父さんの心の色はどんどん曇っていった。

 それが黒く染まり、赤黒い怒りの炎を灯すまで大した時間はかからなかった。

 七月にもなるとお父さんはもう再就職活動もせず、家で酒浸りの生活を過ごしていた。

 私もお母さんもそれを憂慮していたが、励ましてもお父さんは顔をあげることはない。

 うつむいたままボソボソと文句と弱音を言うだけになってしまった。

 次第に、お父さんは荒れていった。酔っては暴れるようになり、家の中で騒ぎ立てる始末。あまり物事に動じないお母さんも、これには参ってしまったみたい。

「お父さんにも困ったものね。もうすぐ響子の誕生日だって言うのに」

 私の誕生日は八月一日。ちょうど大学のテスト期間が終わり夏休みになる日だ。

「このままで良いわけないよね、お母さんどうするの?」

「そうねぇ……。お父さんにも少しひとりの時間が必要かもしれないし、こんな状況じゃね……。おばあちゃんのところにでも行こうかしら。私の部屋は残っていたはずだし」

 お母さんが困り顔でそう言って、今はお酒で泥酔して寝ているお父さんに視線を向けた。

「響子も一緒に来るでしょ? 大学もお休みになるし、狭いけど私の部屋で一緒にいたらいいんだし」

「う……ん。考えてみる。でもお父さんとふたりでここにはいたくないな」

 嫌いというわけではないけど、私は母方の祖父母の家が苦手だった。

 お母さんのお兄さんとその子供さん、おじいちゃんおばあちゃんの三世帯住宅で、よく言えば賑やかだけど騒がしいところだったし、おじいちゃんは厳格なひとだ。

 せっかく大学が夏休みに入るのに、そんな窮屈なところで過ごすのも抵抗があった。

 あそこじゃ、私は強くて元気な子でいられない。

 突如やってきた私たちを、叔父さんたちがどんな心の色で出迎えるのかも不安だ。

「私は強い子、元気な子……」

 私の寝る前のおまじないは、日々その回数を増やしていった。

 不安で眠れない。悲しくて眠れない。どうしていいかわからなくて眠れない。

 意識がなくなるまで、私はずっと自分に言い聞かせた。自分は元気な子だって。

 だってあんまりじゃない。

 人の心の色が何故か見えてしまうなんて、お父さんがあんな風になってしまったなんて。

 私が何かしたわけでもないのに、私だけ沈み込んでいくなんてさ。

 何か打開策はないだろうか。不安な気持ちの中、私は浅いまどろみに包まれていった。


 そして七月三十一日。

 大学のテストを終えた私が家に帰ると、お母さんは買い物に出かけており、お父さんひとりがリビングでお酒を飲んでいた。心の色は相変わらず赤黒く沈んでいる。

「ただいま」

 恐々とお父さんに言ってみても、お父さんは酔っていて、うつむいたまま「ああ」、とか「うん」、とか訳の分からない返事をするだけであった。

 私は荷物を部屋に置いて着替えると、一度おまじないを唱えてお父さんのいるリビングに戻った。そして内心では酔ったお父さんを怖がりながらも、声をかける。

「ね、ねぇお父さん……私今日で大学の前期終わったし、明日は私の二十歳の誕生日だし……家族で何かしたいなぁって。最近ほら、お父さん飲んでばかりだし……」

 私の言葉を聞いたお父さんの心の色が赤黒く燃え上がった。

 お父さんはうつむいたまま立ち上がる。

「ああ!? なんだそれは! お父さんが仕事もしないで酒を飲んでいることへの当てつけか!?」

「そんな! 違うよお父さん。私は……」

 うつむいたままのお父さんの剣幕に、私は恐怖した。

 後ずさりながら、なんとか言葉を紡ぎ出す。

「家族で仲良くやれたらなって……最近一緒にご飯も食べてないし」

「うるさい! 何が二十歳の誕生日だ! 誰がお前をそこまで育ててやったと思ってる!」

「それは、お父さんとお母さんが一生懸命がんばってくれたから。お父さんは、あの、今ちょっとうまくいってないだけで……」

「何がうまくいってないだ! お前までオレをこけにするのか!」

 お父さんが右腕を振り上げた。私は咄嗟に身を引いたけれど、右の頬に鋭い痛みが走った。殴打されたような痛みではなく、切られたような痛み。

 おそらくだけど、お父さんの爪が私の頬をかすめたのだ。

「……あっ」

 お父さんの心の色が一瞬だけ、悲しみを示す青色に変わりかけ……再び黒くなった。

「お、お前が生意気を言うからそうなるんだ! お前らはもっとオレの事を考えろ!」

 うつむいたままのお父さんが怒鳴って、リビングに置いてあったコップのお酒を飲みほした。私の中で、何かがプツンと切れる音が聞こえた。

「最低……! 毎日お酒浸りになっちゃったお父さんとちょっとでも距離を縮めようとしたのに、お父さんはそうやって暴力で返すわけ!?」

「何が距離を縮めるだ! そんな上っ面だけの言葉、ウソに決まってる!」

「もういい! お父さんなんて勝手にひとりでお酒飲んで生きてればいいんだ!」

 お父さんだって今まで大変だったかもしれない。

 だけどもう、私は限界だ。こんなとこ一秒でも長くいたくない。

 私は部屋に戻って旅行用の大きなボストンバッグを引っ張り出すと、そこに着替えや化粧用品、歯ブラシなど生活用品をめちゃくちゃに詰め込んでいった。

 姿見に私の顔が映る。左の頬が、浅く切れていた。血がにじんでいる。私はそれをスマートフォンで写真に撮ると、お母さんにメッセージを付けて送った。

『お父さんに殴られた。もうこの家に居たくない。私、出ていく。お母さんもおばあちゃんの家に避難してね』

 送信を終えると、歯を食いしばって血を拭い、預金通帳を取り出した。

 高校のころからちょくちょくアルバイトをしていたから、多少の蓄えはあった。

 着替えを済ませて、大きく深呼吸をする。

「私は強い子、元気な子……」

 こんなんでへこたれてたまるか。

 明日になれば私は成人だ! これは家出なんかじゃない、旅立ちなんだ!

 お父さんがあんな横暴に勝手に振る舞うなら、私だって好きにしてやる。

 部屋を出る。リビングに目を向けないまま、私は足早に玄関に向かった。

 お父さんの「おい!」という怒鳴り声を無視して靴をはき家を出る。

 どこに行こう。そんなのまったく決まっていない。

 だけど、こんな家からは、お父さんからは少しでも遠くに行ってしまいたかった。

 バス停でバスに乗り、川崎駅前までやってくる。

 川崎は都内にも横浜方面にも路線が伸びていたけれど、私は出来るだけひとが少ない横浜の住宅街のほうへ行こうと東海道線に乗った。

「私は強い子、元気、な……」

 電車でドアのそばに立ちながら小声でおまじないを唱えようとして、声に詰まる。

 あんなに穏やかだったお父さんが豹変してしまったこと、突然の暴力と暴言。

 私の心の堤防は、すでに決壊を起こしてしまっていた。

 電車がトンネルに差し掛かる。

 電車の窓が彩度を落とした鏡のようになって、私の顔を映し出した。

 今にも泣き出しそうな顔の頬には、切られた傷が残っている。

「お父さんは、もうダメなのかな……私、これからどうなるのかな……」

 傷ついた自分の顔と心を直視して、どっと胸から絶望があふれ出した。

 今、もし私が自分自身の心の色が見えたとしたら、ひどい色をしているだろう。

 私はひとの心の色は見えても、自分の心の色はわからない。

 ふと、急な眩暈が私を襲う。

 立っていられないほどに世界が揺れる。私はなんとかすぐそばの空いていた席に腰掛けた。だけど眩暈は収まらない。そのまま私の意識は遠のいていって――。


「お客さん、終点ですよ。お客さん……」

 男性の声とともに、私の身体が軽く揺すられる。

 終点……?

 そっか、私電車に乗っていて、突然眩暈に襲われて、そのまま寝てしまったのか。

 それにしても終点ってどこだろう。私の乗った東海道線は結構長い距離を走っているので、ずいぶんと遠くに来てしまったのかもしれない。まだ、頭が重い。

「うう、ん……すいません。ここ、どこでしょうか? 折り返し運転はありますか?」

「いいえ、今日はもう運行はないですよ。だから降りてください。立てますか?」

 若い男性の駅員さんが、心配そうに私を覗き込む。

 私が電車に乗ったのはまだお昼過ぎだったはずだ。それなのに、もう運行はない?

 ぼんやりする頭で窓の外を見ても、まだ充分に明るい。せいぜい夕方だろう。

「こんな時間で、運行停止なんですか?」

「ええ、この駅は特殊ですから。降りたらゆっくり町を見て回るといいでしょう」

 そう言って駅員さんが去っていく。訳が分からない部分もあるが、もう電車が動かないのならここに座っていても仕方がない。私は幾分すっきりしてきた頭でそう考えて、ボストンバッグを担いで電車の外に出た。

 どこからか、お囃子の音が聞こえる。お祭りをしているのだろうか。

 それにしてもここはどこだろう。降り立ったホームから上を眺めて、駅名が書いてある看板を探す。白い看板に黒い文字で「裏御神楽町」と書かれていた。

 前後がどこの駅に繋がっているのかは書いていない。

「裏……御神楽町?」

 私はスマートフォンを取り出した。そこにはお母さんからの『お大事にね。私も実家に帰るから、あなたも危険なことはしないのよ』というメッセージが入っていた。過度に心配しないのはマイペースなお母さんらしい。

 検索で、裏御神楽町という駅名を探すがヒットしない。

 栃木県に御神楽町という場所があるらしいが、私が乗ったのは横浜方面の電車である。どうやったって栃木県の方向に行くはずがない。

 これって都市伝説とかでよく言われている、きさらぎ駅みたいなものなのだろうか……。

 そう考えるとぞっとする。確かあの駅も、お囃子の音が聞こえてくるエピソードがあったはずだ。

 だけど、夕日に照らされた裏御神楽町というこの町はとてもきれいで、ホームから見渡せる景色にも普通にひとが生活している様が見て取れた。

「とにかく、ここでもう電車が動かないんなら、ホームを出てみるしかないか……」

 都会とも田舎とも言えない、いわゆる普通のホームと改札口。

 住宅街なのかな、と思いながらその改札を抜ける。ICカードの料金はなぜか最低料金を引かれただけだった。

(終点まで乗ったはずなのに、どうしてだろう?)

 考えても答えが出るワケなく、高くつかなくて良かったと思うことにして町に出る。

 まずはお囃子の音に導かれるように進んでいく。

 するといくつもの提灯が吊るされて出舞台も作られた、立派なお祭りをしている公園に出た。かなり広く、屋台も隙間なく並んでいて目移りしてしまう。

 お祭りに参加しているひとは皆笑顔で、景気の良い音頭も相まってすっかり沈み込んでいた私の気持ちも少しずつ軽くなっていく。

 ふと、いろいろな屋台からにおってくる食べ物の香りに空腹を覚える。

 そうだ、私はお昼ご飯を食べずに家を飛び出したのだった。お腹が空いて当然だ。

 たくさんあって迷ってしまう食べ物の屋台のなかで、私はたこ焼き屋さんの屋台を選び短めの列に並ぶ。たこ焼き一パック二百円。こういうお祭りにしては破格の安さである。

 順番が回ってきて、鉄板がたこ焼きを焼く良いにおいを吸い込みながら注文する。

「たこ焼きひとつください」

「あいよ! おっ、お姉ちゃんここら辺じゃ見ない顔だね。うちのたこ焼きを喰ったらうまさにぶっとぶよ!」

 ここら辺じゃ見ない顔?

 おじさんはこの町のひとたちをほとんど把握しているのだろうか。

 おじさんの威勢のよい言葉とともに手際よくパックにたこ焼きが八つ、詰め込まれていく。ソースを塗ってかつおぶしと青ノリをかけて串を挟み、おじさんが私にたこ焼きを差し出した。

「熱いから気を付けて持つんだよ!」

 私は二百円を払って、言われた通り熱々のたこ焼きをハンカチをはさんで受け取った。

 近くにベンチがあったので、そこでいただくことにする。

 ふぅふぅとたこ焼きを冷ましている間に、お腹がぐぅ、となった。

 その催促に従うようにして、私はたこ焼きを口に含む。

「わぁ、美味しい!」

 甘じょっぱいソースにしっかり焼かれたたこ焼き、大きめのタコが口の中でハーモニーを奏でるように味わい深い。ハフハフと熱いたこ焼きをほおばりながら、私は思わぬ贅沢な美味に空腹を満たしていく。

「それにしても、大きなお祭り。素敵だなぁ」

 提灯は色とりどりに輝いていて、出舞台で太鼓をたたく人も元気が良い。

 そのまわりを踊っている人たちは老若男女入り乱れていて、活気のある町なんだなということが見ていて伝わってくる。町の皆の心の色もとっても穏やか。

 お父さんも、こんな素敵なお祭りに来ればちょっとは気持ちが晴れるかもしれないのにな……。忍び寄って来る悲しみと、殴られた瞬間の絶望感を払うように頭を振った。

 寝過ごしちゃったけど、良いところにたどり着いたのだ。それを素直に喜ぼう。

(私の旅立ちの第一歩、成功ってことで!)

 残ったたこ焼きを食べて、空になったパックを捨てると私は屋台を見て回ることにした。

 射的、金魚すくい、ヨーヨー釣り、くじ引きや型抜きなどの遊ぶタイプの屋台も豊富で、辺りから子供たちの歓声が聞こえてくる。

 食べ物は枚挙にいとまがないほどで、わたあめやお好み焼き、チョコバナナにイカ焼きなどの定番はもちろん、焼きとうもろこし、唐揚げやポテト、ふかし芋、りんご飴、挙句はケバブ屋台なんてものもある。

 そして、そのどれもが普通のお祭りよりも安価な値段であった。

「賑やかなお祭りだなぁ……私もちょっと遊びたい気持ちもするけど、荷物もあるし……とりあえず、今夜の泊まるところを探さなきゃ!」

 公園をぐるりと回るついでにその周囲を見回していくが、ビジネスホテルのような建物は見つからない。全体的に戸建ての家が多く、ビルなどもまったく見当たらなかった。

(やっぱり住宅街になっているところなのかな、宿がなかったらまずいなぁ……)

 私は焦りを感じながら、公園を出てその外周をぐるりと回ってみることにする。

 空のオレンジ色も段々濃くなって来て、自然と足も早まった。

 と、一見普通の二階建ての一軒家に見える家に『彩花荘』という古めかしい看板と、入居者募集中の張り紙を見つけた。家賃も書かれている。なんと、月三万円、安い!

(ひと月も泊まるかどうかは別にしたってこの値段なら……アリかも!)

 彩花荘と書かれた家のそばでは、三人のおばさんたちが集まって立ち話をしていた。

 私が足を止めて張り紙をマジマジと見つめていると、おばさんたちが私のほうへ寄ってきて話しかけてくる。

「ちょっとあなた! そんなに張り紙じぃっと見て、まさかここに泊まるつもり!?」

 エコバッグから大根をはみ出しているおばさんが言った。

「ここはねぇ、彩花荘さいかそうっていう名前でも実際は最下層って言われててね……あ、最低の下の層って意味ね」

 そう言うのは買い物袋からごぼうをはみ出しているおばさんだ。

「今はワケのわからないうるさいおじさんと、何を考えてるかわからない暗い男の子が住んでるけど、そこに女の子が入るなんて危ないわよ!」

 勢いよくまくしたてるのは、籠バッグから長ネギをはみ出しているおばさん。

 私は大根おばさんとごぼうおばさん、それに長ネギおばさんの剣幕に押されてたじろいで、しどろもどろになって言った。

「そ、そうなんですか。でも私、今日泊まるところがなくって」

「あら! そうなのー。この辺りには民宿もないしねぇ」と大根おばさん。

「そうねぇ、うちに泊めてあげてもいいけど子供がうるさくって」とごぼうおばさん。

「ビジネスホテルとかもないしねー、なんせ静かな町なのよ」と長ネギおばさん。

 いやいやこんなにお祭り騒ぎしてるのに静かな町って。まぁ、普段は静かってことかもしれないけど。

 とにかく、ここには二人の男性の先住者がいるらしい。

 たしかに男のひとふたりが住んでいる場所って言われるとちょっと抵抗あるけど、家賃がどうのこうの書いてあるんならここはアパートみたいなものだろうし……。

 何かあってもカギを閉めちゃえばいいんだよねって気もする。何より、おばさんたちの話を聞いても、この町にはほかに泊まる場所はなさそうだ。私はおばさんたちになんとか愛想笑いを作り答えた。

「ご、ご忠告ありがとうございます。でも、ほかに泊まる場所がなさそうですし、とりあえず一泊でも交渉してみようかなぁって」

 おばさんたちはあらまぁ、と三人そろって口元に手を当てて大げさに驚いて見せる。

「そうなのー。家出? 何かワケあり? 話聞くわよ!?」と大根おばさん

「何かあったらすぐに出ていくのよ、最下層より野宿のが安全かも!」とごぼうおばさん。

「なにせねぇ、泊まる場所のない町だからねぇ。あなたも大変ね!」と長ネギおばさん。

 おばさんたちの心配をひとしきり聞くと、それじゃあお夕飯の支度があるから……と三人は去っていった。

 私はごくりと唾を飲み込んで、目の前の二階建ての一軒家にしか見えない彩花荘に足を向けた。おばさんたちのお話もあり、かなりの緊張が訪れる。

 彩花荘の家の前には、細長い敷地があった。私的な菜園にでも使っているのだろうか、狭い道の両脇にはナスやミニトマトが植えられている。どれも綺麗に成熟していた。

(こんなに丁寧に植物を育てるひとたちなら、きっとそんな変なひとたちってワケじゃないよね)

 そんな希望的な観測も抱きながら、彩花荘の入り口まで到着する。

 玄関は横開きのすりガラスと金属のドアを交互に合わせたものだ。

 おばあちゃんの家を思い起こさせる、本当にちょっと古いただの民家という感じ。

 インターフォンはなく、ドアの横に小さな呼び鈴が設置されている。

 だいじょうぶ、だいじょうぶ。きっと良いひとたちが住んでるに違いない。

 そう自分に言い聞かせて、私は呼び鈴を押した。

 ピンポーンと高い音が響く。

 しかし、ドアは一向に開く気配はない。

 もう一度、呼び鈴を鳴らす。やはり反応がない。もう一度……と思ったところで、すりガラスの向こうで人影が動くのが見えた。 

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