話の果てに
「それから僕は水晶玉の情報を元に勉強をした。
水晶玉を見て、この身体で自由に動き回る方法を探って、自分の異能で出来ることを知って、この空間への客人の招き方とか、元の場所に一瞬だけ戻る方法とかを知ったというわけだね。」
そう言いながら俺の目の前の少女は笑みを浮かべた。
「お陰でこうして君と会うこともできた。」
見た目はこうだが400年以上、隔離された世界で、会えた人の数は最初のアルバとやらを加えて3人。
恐らく、俺が通ってきた扉も、さっき言っていた招き方の一つなのだろう。
客人の心が折れたら会えず、興味本位で通ってきた扉に戻られても会えず。
そんな状況で自分の所までくる人間を待ち続けている。
「ありがとう、シス君。」
少女は、ティアはそんな中でも俺に礼を伝えた。
押し付けがましいかも知れないにしても俺が、コイツにしてやれる事。
「なぁ、聞いて良いか?」
頭の中でメチャクチャになっている情報を何とかまとめる。
「なんだい?」
空に浮かびながら首を傾げるティアに俺は順に質問を投げかけることにした。
「さっき言ってたアルバって魔女はその場にいるのに時間制限があるって言ってたな。」
「ニュアンスは違うけど近しい事は言ってたね。」
「それは俺にもあるのか?」
「......それはわからないね、聞いてみようか。」
聞く?
「水晶玉。」
その言葉が呟かれるや否や、モニターの前にあった気泡が大量に入った水晶玉が浮かび上がり、ティアの目の前にやって来た。
ああ、水晶玉は声をかければ反応するのか。
だから聞く。
合点がいった。
「時間制限は?」
その言葉に反応して水晶玉の中の気泡が動き回り止まる。
こっちからはよくわからないが、あれが文字を形成しているのだろう。
「無いみたいだね。
まぁあったらここにくるまでの間に時間制限が来る可能性もあるから、アルバさんだけが特別だったのかもね。」
「じゃあ次だ、俺がここから出る時、俺はいつに戻れるんだ?」
「君がここにくる直前だね。
因みにここでのやり取りは、扉に入って戻っても、そうじゃなくても記憶から消えるらしいよ。」
らしいと言うのは恐らくその水晶玉が答えたから曖昧なのだろう。
仮に同一人物に逢えようが、逢えまいが他人の脳内をティアが確認する方法は無いのだろう。
「腹が減ったり、トイレに行ったりとかは?」
「相変わらず君にかけてる異能があるからね、特に無いと思うよ?
......どうしてそんなことを?」
当然の疑問といえばそうなのかもしれない。
だが、侮辱だとか、余計なお世話だとか、そう言うふうに捉えられるかもしれないが。
「最後の質問だ。」
「えぇ、僕の質問には答えてくれないのに......?」
「俺がいなくなった後、お前の記憶はどうなるんだ?」
俺は彼女の事を可哀想だと感じてしまった。
哀れだとも感じてしまった。
「僕は当然覚えてるけど...。」
俺とはまた違う孤独だが、自身の状況を重ねてしまったのかもしれない。
此処でのことを忘れられるなら、此処での時間が元に戻るのなら、そして食事も生理現象もないのなら。
「分かった、ならお前が満足するか俺が飽きるまで俺は此処にいてやる。」
「ぇ?」
ティアがキョトンとした顔をする。
「何ができるわけでもないし、見た目と違って年齢が400才超えてるのかもしれないけどな。
お前は楽しいことを知らないただのガキだろ?
この部屋でできること程度に限られるかもしれねぇけどな、少しは楽しい記憶を作ってやる事くらいはできると思うからーーー」
その言葉を、言い訳を伝えている最中。
ティアがキョトンとした顔をしたまま目の端から涙を零した。
そして、そのまま首を少し下げ、涙を流したまま笑顔になる。
「君は、本当に、優しいんだね、シス君。」
手も足も無い、少女が笑う。
身振りも手振りも出来ず、感情を表情でしか表せられない少女が。
悲しそうに、嬉しそうに。
複雑に感情が絡み合っている様に見える。
俺の選択は、俺の考えはーー
間違って、いたのだろうか。
「本当に、良いのかい?」
少しの間の空白の後にティアは絞る様にその言葉を呟いた。
俺は無言で頷く。
「僕自身は君に何もしてあげられない状況になったんだよ?
過去に戻そうにも此処まで来てしまっては、この場所がそれを許さない。
君には一つの益もない、寧ろ害しかない。
それなのに」
拳の甲でコンッと軽く頭を小突いてやる。
「俺がしたいだけだ、利益なんて元から求めてねぇよ。
そもそも、此処に勝手に連れてこられた時点で害でしかないだろうが。」
今まではどこか悟った様だったティアの瞳が一瞬薄らと明るくなった様な気がした。
だが、すぐに先ほどまでと同じ瞳に戻る。
瞬間、視界の一部が黒くなっていく。
「ティア!?」
視界の中に入っている少女の瞳が俺の瞳と重なる。
「...それでも、きっと、それは許されざる事なんだよ。
人を殺した僕には過ぎた願いなんだ。」
それは違う!と声を出したつもりだったが、どうなっているのかは分からないが、口すら開けられない状況になっているらしく、声は彼女に届かない。
「...でも君の言葉に少しだけ甘えるなら。
もし、覚えていたら君の隣にいた彼女に伝えてくれると嬉しいな。
有難う、君のお陰で僕は最後に最高の時間を楽しめたってね。」
視界の黒が半分を埋めたところで視界を侵食するスピードが上がる。
目の前が真っ暗になった後、意識が暗転するまでの間に最後に感じたのは彼女の何かが手のひらに触れる温度だった。
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「シス君、どうしたんじゃ? ボーッとして」
声をかけられ覚醒する。
シガレットが隣から顔を覗き込んでくる。
どうやら白昼夢でもみていたらしい。
内容はいまいち覚えていないが、非常に苦労させられた挙句に手酷く女に振られたみたいな内容だった気がする。
「シスおじさん?」
「あ、ああ? いや、なんでもーー?」
ふと、スラックスのポケットの中に握られた手の中に何かがあるのを感じた。
濡れた指先、長細い、薄茶色の短い毛。
多分女の睫毛だ、なんでこんなもんが俺のポケットーー
頭の中に言葉が渦巻いた。
と同時に風が吹き、睫毛が手元から消え去った。
頭の中に響いたのは夢の中で聞いた言葉だろうか、やけに鮮明に覚えている。
「…シガレット。」
「なんじゃ?」
普段なら一笑に伏したいところだが、何故か今回だけは馬鹿にされようと、なんだろうとシガレットに伝えなければならない気がした。
「有難う、最後に最高の時間を楽しめたって、お前に伝えてくれって……夢の中で誰かに言われた気がする。」
その言葉を吐き出した瞬間に、シガレットの目が細まった。
懐かしむような、悲しむような、そんな目だ。
だがそう見えたのは一瞬。
一転して憐憫の表情で此方を見てきた。
「折角の休みじゃったのに連れ出してすまんかったのう。
ワシはネルと2人で歩いて帰るからお主はアパートに戻ってゆっくり休んでくれて構わんぞ?」
馬鹿にした態度、だが、何かを知っていて隠そうとしている態度にも思える。
一瞬迷いが頭の中をよぎる。
俺の心の中にある痼を取るためだけに、聞き出していいものなのか、聞かざるべきか。
「いや、送るくらいは送っていく。
お前はともかくネルが可哀想だろ。」
結局俺は聞く事をやめた。
臆病者と笑われても構わない、だが踏み込んではいけないのでは無いのだろうか。
「只今起きている惑星直列はなんと80年ぶりにーーー」
街路の電気屋のテレビから聞こえてくるその音声に軽い頭痛。
見覚えのない少女の顔が頭の中に思い浮かぶ。
片目を長い髪で隠した少女。
だが、それは泡沫のように、記憶の彼方に弾けて消えた。
Cigarette EXTRA Time Reverse 完