表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Cigarette EXTRA Time Reverse  作者: 冬草
2/6

男と少女

投稿遅れて申し訳ないです。

お久しぶりで御座います、冬草です。

年明け一発目ですが、まずは随分時間が空いたことに深く陳謝いたします。

非常に申し訳ございませんでした!!


という訳でどうぞ、扉の先をお楽しみください。




ーーーーーーーーーー 

12159枚目の扉の先

ーーーーーーーーーー


そこは異様な空間だった。

鳩時計、壁掛け時計、デジタル時計、日時計、水時計、砂時計、目覚まし時計、アンティーク時計問わず様々な時計が壁にかかり、床に置かれ、机の上に置かれ時を刻んでいた。

唯一存在する窓の外には星空が広がっている。

そんな場所にモニターとマイクが一つずつあり、何故か水晶玉が置いてある。

その前に鼻歌を歌いながら少女が一人、座椅子に座っていた。


キィ、と音が鳴り、扉が開く。

その音とともに鼻歌が止まる。

扉の先からは30代の男が辺りを見渡しながらおっかなびっくり中に入って来た。


「いらっしゃい、シス・セーロス。

 それとも、ジョンソンと呼んだ方がいいかな?

 兎に角、残念だったね。」

少女が男の方を向く。

「ジョンソン?

 ......何言ってんだ、それにざんねーーー!?

 なん......それ、どうなって...!?」

男の驚愕も不思議なことではない。

薄茶色の長い髪で片目を隠したフードを被った少女には、あるべき筈のものが無かった。

即ち、両手と両足である。

服はダボついたフードのついた長袖の上着しかなく、その裾口から本来ある筈の太腿は出ておらず、袖の部分は当然のように肩から先がペチャリと潰れており、腕がない事は明確だった

彼女は四肢を欠損していたにもかかわらず、男の方を向けてしまったのだ。


「それは手と足の話?

 それとも、そっちを向けた理由?

 どっちも答えてあげるよ、ここには時間だけは無限にあるからね。

 落ち着いてタバコでも吸ったらどうだい?」

「...そのタバコが無いんだよ」

「本当かい?

 後生大事に抱えているポケットの箱の中をよく確認してみると良いよ?」

男がポケットの中から煙草の箱を取り出そうとして持ち上げた時に、違和感。


「は?」

新品同様、フィルムが貼られた状態の為タバコの箱が、彼のポケットの中から出てきた。

少女の顔と煙草のパックを見比べる。

「正真正銘君の吸っているタバコだよ、安心して吸うといい。」

確かに体感時間で数日前に空にした筈の煙草の箱。

それが、フィルムまで巻かれて戻っているのは、あからさまに異常事態である。

「怖くて吸えないなら、安心してもらう為に自己紹介からするよ。

 僕はティア、ティア・ムルジニア。

 時間の魔女だ。」


男の頭の中に時間の魔女という単語を聞いた瞬間、色々な想像が巡る。

汗、体臭、渇きと腹の減りが全くなかったのは時間をいじっていたからなのか、と。

だが、足の痛みと眠気はどういうことだ?

そして、何故自身を攫ったのか、そして、時間の魔女がいう「残念」の意味。


「君は、彼女の言っていた通り賢しいんだね。」

「タバコの魔女を知っているのか?」

少女が頷く。

「知ってるよ、君より以前にこの部屋にたどり着いたのは彼女だけだ。

 この部屋に人を招くのは君で3人目になる、それ以外の人は皆、此処に辿り着く前に元の場所に帰れたからね。」


此処に辿り着いたのは1人なのに招くのは3人、元の場所に帰れた、という言葉を聞いて男の脳がまた目まぐるしく回転する。

「残念というのは、俺が元の場所に帰れないってこと…か…?」

「結論を急きすぎだよ?

 そもそも彼女は帰れた訳だし安心して、君は元の場所には帰る事はできる。」

クスクスと笑う少女の言葉を聴きながら、男は胸を撫で下ろす。


「少し意地悪なクイズを出そうか、君は此処にくるまでに通ってきた扉の数を覚えているかい?」

「…数えていない、大体9000くらいか?」

「12159枚だよ、この数字に心当たりはあるかい?」

少女が男に更に質問を投げかける。

「…今まですれ違った人間の数とか、食べたものの数とかか?」


少女がニヤリと笑った。

「惜しいね、いい線はいってる。

 正解は、ここに来るまでに生きてきた日数だよ。」

男は首を傾げた。

「それで、その数字がどうかしたのか?」

少女が頷く。


「君に示唆されていた部屋から出る唯一の出口は部屋の入り口、入り口に入れば君は元の世界に戻れるのさ。

 記憶を保持したまま、生まれてから扉を潜った枚数のその日にね。」

男が押し黙る。

「君には変えたい過去があった、違うかい?」

男の心の中に飛来したのは、当然19年前の惨劇の夜のことだった。

だがーーー


「仮に俺がその場に戻れても、体は当時のものに戻るんじゃないのか?」

少女が頷く。

「でも、魔女に関わらずに逃げ出すことはできるんだよ。」

諭すように、少女は男に甘い声をかける。

「それでも記憶は持っているんだろ?

 なら、結局俺は魔女たちを憎むことに変わりはない。」

男は、それに対し憮然とした態度で返す。

「…そうだね、でも1人くらいは助けられたかもしれない。」

目を伏せながら、歌うように少女の声が男にかけられる。

「…仮にそうなったとしても、俺は一人しか助けられなかったことに対して憤るし、魔女を恨むことに変わりはない。

 結局、今と同じ道を歩んでいたんじゃないか?」

「…ふふ、君は強いね。

 だからこそ、立ち止まることなく僕のところまで来れたんだろうね。」

笑いながら、少女が白い双眸で男の目を見据えた。


「ここまで来た君に何かプレゼントしたいと思うんだけどーー見ての通りでね、ここには時計と僕の体しかない。」

「別に何もいらねぇ、魔女由来のものなんかもらっても仕方ないしな。

 オチカタの爺さんの髪もそうだけど、俺自身が使いこなせる気がしない。」

「僕の体は?

 まだ、穢れを知らない乙女だよ?」

「アホか、俺は警官だぞ?

 それに俺は少女趣味じゃない。」

心底楽しそうに、鈴のような音色の声で少女が笑う。


「こんな場所でもそんな事を気にするなんて、君は生粋の良い人だね。

 ......魔女を恨んでるんだろ、殺しても良いんだよ?」

無い手を胸の方にやる仕草を見て、男は大きくため息をつき、そのボサボサ頭を掻いた。

「確かに恨んでる、今も思い出すだけで憎悪が腹を食い破って飛びかかるんじゃ無いかって思うほどにな。」

フィルムを開けてタバコの箱を開封する。

「でもな、アイツと会って魔女にも色々いるのはわかった。

 人間と同じだ、犯罪者もいれば秩序を守る側もいる。

 それに、魔女には良くわからん防御システムがあるんだろ?」

火をつけ、煙を肺にため、ゆっくりと吐き出した。


「本当に、良い人だね...君は。」

見据えていた瞳が穏やかに垂れる。

「じゃあ、代わりに君に甘えても良いかい?」

突然の提案に男が咽せる。

「どうしてそうなるんだ!?」

その様子を見て少女が笑う。


「ふふ、本当に期待通りの反応だね。

 まぁ、なんせ、人と話す事自体が80年ぶりなんだ。

 ゆっくりお話させてもらって一つだけお願い事を聞いてもらっても良いんじゃ無いかな?」

「はちっ...」

呆気に取られ二の句を継げずに男が黙る。

「ねぇ......構わないだろう?」

そういいながら、ゆっくりと座っていた座椅子を動かして少女が男の前にやってくる。

当然四肢欠損している為に、手足で動かしている様子も、体を揺らして動かしている様子もない。


「...仕方ねぇな。」

男は渋々と言った面持ちで了承した。

事実無根ではあるが、煙草の魔女の存在を知ってしまっていた男にとっては一笑に伏すこともできなかった。

少なくとも80年、人と会えなかったら自分ならどうなるだろう。

そう想像すると、烏滸がましいかも知れないが彼女の存在が男にはあまりにも哀れに思えたのだ。


「やった!」

良く見れば車輪のついていた座椅子の上部分がくるっと回る。

車輪付きの板の上に回転椅子がついている様子だ。

「まずは、抱き上げてもらって良いかい?」

「抱き上げるっても...」

「辛うじて二の腕くらいはあるからさ、足も太腿半分くらいはあるんだ。

 手足がないからそれなりに軽いと思うよ?」

そう言うと少女が肩口をピコピコ動かす。

些か不機嫌そうな、何かを言いたそうな顔をした後に、煙草を携帯灰皿に押し込むと、長袖で隠れた脇の下に男が手を通した。

途端ポロポロと少女の目から涙が零れ落ちる。


「!?……何か、しちまったか?」

罰の悪そうな顔で男が少女に伺いを立てる。

フルフルと首を横に振るう少女がゆっくりと口を開いた。

「人の温かさが懐かしくてね。

 つい溢れてしまっただけだよ…。

 重くないかい?」

そう言いながら、涙を流しつつ首を傾げる少女。

男は首を縦に振った。

「じゃあもうちょっと赤ん坊をあやして抱えるみたいにしてもらっていいかな?

 もっとシス君の体温を感じたいんだ。」

一瞬眉間に皺を寄せ、男は両手で持ち上げていた少女を抱き寄せる。



「自分と違う体温が伝わってくるのはとても良いね......しばらくこうしてても良いかな?」

少女の甘えるような声。

「...座っていいか?」

男が右下に見える少女の目を見て聞く。

「できればこのままが良いなぁ。」

少しこそばゆそうな表情で少女が目を瞑りながらそう言った。

「...わかった。」

男はその後無言で、時々少女を抱え直す。


響く時計の音。

コチコチと秒針が鳴る音、ピッピッピッと電子音、サラサラと砂が落ちる微かな音、さーーっと水が流れる音。

部屋にある時計がそれぞれの音を奏でる。

だが、不思議とバラバラのはずのその音は調和し、耳心地の良い音になる。

まるで管弦楽団の様に。


幾ばくかの時間が流れ、少女が薄く口を開いた。

「有難う、シス君。

 降ろしてくれても抱えたままでもいいけどどうしたい?」

その言葉を聞いた男はゆっくりと少女を椅子の上に下ろすと、新品になってしまった箱の中から新たな煙草を取り出し口に咥え火をつけた。


「じゃあ一つ一つ君の疑問に答えるとしようか。

 まずは、君の方を向けた理由だね。」

そう言うや否や何もない空間に地面に落ちていたホワイトボードが消えた後に現れた。

「...!?」

「君の方を向けた理由は今使ってるのと同じ力なんだけど、僕は選んだ物の時を操ることができるんだよ。」

言葉に詰まる男。

恐らくまた色々と頭の中で考え込んでいるのだろう。

「因みにこれはこの空間の時間を巻き戻して、ホワイトボードがそこにあった時間を再現している感じだね。

 で、この椅子に同じことをすると.........。」

空中に浮かんでいたホワイトボードが出現時と同じように突然消えた。


「こんな風に」

椅子が回転。

「自在に」

車輪が回り椅子が前進する。

「動かすことができるのさ。」

突如椅子が跳ねる。

「もちろん、ここで止めれば空中に固定することもできたり。」

その言葉とともに椅子が空中で静止する。

「君に抱き上げてもらったおかげで、この高さで椅子を使わずに浮かんでおくこともできる様になった。」

椅子が巻き戻しの様に地面に戻り、少女だけが空に浮かぶ。


その様子を男は呆然と見ていた。

「頭がパンクしそうだね?

 まぁ、安心していいよ、ここで起きた事は向こうに戻れば全部忘れてるだろうから。」

男の中に一つ浮かんだ疑問。

そういえば確かに、この距離を直線で歩き回れるような広い土地、そして広い場所などある筈がない。

少女の言ったことが本当なら約60kmは歩いているはずだ。

そんな物を設置できる場所があるのかどうなのか。

「...ここは何処なんだ」

「そんなこと気にしても仕方ないと思うけど...いいよ、答えてあげる。」

浮いたまま、少女が微笑み言い放つ。


「ここは、宇宙だよ。」


男が複雑怪奇な顔をする。

否、千変万化の方が正しいだろうか。

理解不可能。

何が起こっているのか、何を言われているのか。

冗談めいて笑っていいのか。

気が触れていると渋っていいのか。

大袈裟に驚いていいのか。

どの感情を表していいのかわからない。

そういった顔をしていた。

「正確には軸のズレた空間の宇宙だけどね。

 理解しなくても大丈夫、空気とか、無重力とかも気にしなくて大丈夫だよ。」

その言葉を聞いて、なお男は頭を悩ませた表情をした。


「ふふ、楽しそうに百面相しているね。

 場所の話は置いておいて、次は手足がこうなった理由を説明しようか。」

「それはーー」

「いいんだ、独白の様なモノだと思ってもらえればいい。

 手足がなくなって、僕が君に会うまでの話、むしろ聞いてもらっていいかな?」

男の静止をかわし、少女がそう言い切る。

男は、言葉を飲み込み、頷くことしかできなかった。


数秒の沈黙の後、少女が目を瞑り、薄く口を開いた。

「もう随分昔の話、僕はーーー。」

そうして、少女の独白が始まった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ