濡れ衣を着せられた錬金術師、作った秘薬で『美少女化』して事なきを得る
「はあ、はあ……! ちくしょう、どうしてこんな目に僕が遭っているんだ……!?」
人通りのない路地裏を走り抜けながら、青年――クレン・アルバートは不満の声を上げた。
最近では工房に籠ることの多かった彼の職業は、『クレスフィリア王国』所属の錬金術師。正式なライセンスを持っており、生涯食うに困ることはなく、成功が約束された人生だった。
しかし、いつものように工房で研究のついでに、依頼のあった薬品の作成をしていたところ突然、武装した騎士が何人も押し入ってきたのだ。
「僕が薬の錬成に失敗しただと? それに、『違法研究』の疑惑とかも言っていたな……。けど、僕は法を犯すような真似、するはずがない」
失敗した薬を提出するはずがない。
違法研究についても興味がないと言えば嘘になるが、王国に所属する錬金術師となった以上、当然『法』で許された範囲でしか錬金術は利用しない。
『違法』という言葉でおおよそ想像できるのは、たとえば人間の『死体』を使った錬金術は、禁忌に該当するだろう。
そんなもの、工房に仕入れることはまずできないし、どうにも腑に落ちないのだが――あの騎士達の雰囲気を見るに、捕まれば弁明の余地すらなさそうだった。
最悪、その場で斬られてもおかしくはない剣幕で、そこでクレンが取った行動は『逃走』であった。
何かあった時のための用意していた逃走経路が、まさかこんな形で役に立つとは思いもしない。
「追手は……まだ来ていないが、すでに手配書が出回ってもおかしくはない、か」
工房に戻れず、おそらく自宅もすでに押さえられているだろう。
つまり、クレンには行く当てがない――仮にこの王都から逃げ出したとして、少なくともクレンはこの国ではお尋ね者となってしまう。
「手元にあるのは、この試験薬のみ……」
クレンが唯一持っているのは、先ほどまで作成に着手していた『姿を変える』ことができる試験薬であった。
多少見た目を変える程度ではなく、劇的な変化を時間制限付きで行うには、慎重な調整が必要になる。
正直、今の段階で扱うには危険な代物であるが、この場を乗り切るには一番適した薬品であるとも言えた。
「こっちはどうだ!」
「! ちっ、考えている時間もないか」
どのみち、僕程度では王国の騎士から逃げ切るのは難しいだろう。最悪捕まって殺される可能性があるのなら――自分で作った薬を飲んだ方が助かる可能性は高い。
クレンは試験薬の入った小瓶の蓋を開くと、それを一気に飲み干した。
(吉と出るか、凶と出るか――)
この試験薬は、少なくとも本人とは全く違う姿になるようには作られている。
強面の男か、あるいは老人か、どのような姿になるか想像はできないが、時間で戻るようにはしてある。
ただし、あくまで試験薬であるため、実際の人間の身体で試すのは、今日が初めてだ。
早速、身体に変化は感じられた。全身に悪寒が走ったかと思えば、今度は熱を帯びる。
その場に倒れ伏してしまいそうになるのを、何とか壁に寄り掛かって耐えた。
「そこのお前!」
騎士が数名、クレンの下へと駆け寄ってくるのが見えた。
「――はい、何でしょうか?」
クレン自身、驚くほどに甲高く、可愛らしい声だった。
これが自分から発せられていると言う事実が恐ろしいが、どうやら秘薬の効果は出ているらしい。声質がまるで女の子になっているのは気になるが。
「……この辺りで不審な男を見なかったか?」
先頭に立つ騎士に問われ、クレンは首を横に振る。
「いえ、僕――私は特に……」
「そうか。ならばいい」
そう言って、騎士達はクレンの前を通り過ぎていく。
どうやら、秘薬はクレンの姿を完璧に変えてくれたようだった。
「セーフ……!」
「ああ、一つだけ言うことがあった」
「っ! ひゃいっ!」
思わず驚いて、声が裏返った。
騎士は特に不審がらずに、言葉を続ける。
「女の子が一人で、こんな裏通りをうろつくんじゃない。危険だからな」
「……は?」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
騎士達はクレンの元を去っていったが、最後に残した言葉――『女の子』というのは気がかりだった。
「いや、まさか見た目が……」
近くにあった水の溜まった壺を覗いてみる。
そこにいたのは、まごうことなき美少女であった。髪は肩より少し長い銀髪。整った顔立ちをしているが、幼さが少し残っている。
今までクレンが見た中でも、間違いなくナンバーワン。
「うわっ、めっちゃ可愛い――って、まさか見た目が女の子になるとは……」
クレンの心臓も高鳴るほどの絶世の美少女であったが、見た目と声色は完全に女の子になっていても、あくまでクレンは男……のはずなのだが、ある違和感に気付く。
「そう言えば、さっきから下半身が心もとないような……?」
クレンは周囲を確認すると、念のためズボンの中を覗く。
そこには『アレ』はなく、クレンはしばしの沈黙のあと――絶叫した。
「性別が変わっているじゃないかあああっ!」
ただ一時しのぎのために飲んだ試薬で、まさか性別まで変わってしまうとは予想もしていない。
「い、いや……落ち着け。どのみち時間が経てば元に戻るんだ。今は、そうだ。身を隠せる場所を探して、そこに工房を作るか……」
もう一度、姿を変える秘薬をしっかりと作る必要がある。
今の姿は、それまでの時間稼ぎに過ぎないのだ。
「よし、そうと決まれば、一先ず地下水道辺りに行ってみるか……!」
そう決意して、美少女となったクレンは王都を流れる地下水道へと向かう。――元に戻れず、完全に『美少女化』してしまったことに気付くのは、それから数日後のことである。
濡れ衣を着せられて美少女化し、その後は謎の美少女錬金術師として活躍していくしかないのだった。