表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/69

おっと、秒速で里帰り……。

 言い表せない不安を抱えたまま、あっという間に三日が過ぎた。殿下が王宮へ伺候されるにあたり、私はウィンクス侯爵家邸に移ることになったの。


『不慣れなここで過ごすよりも、実家の方が何かと都合もいいだろ』


 この提案に驚いたけど、よくよく考えたらその方が理にかなっている。思い立ったが吉日と、私は準備に取りかかったわ。


「本当によろしいのですか」


 後ろから続くトレーシーの耳打ちに、私は黙ってうなずく。察しの利く彼女は、それっきり何も言わず、メイド達への指示に徹してくれた。


 私は殿下のお気遣いに甘える形で、トレーシーとともに馬車へと乗り込む。

 やがて、馬車はのっそりと動き出した。


 朝から降り出した雨に濡れた石畳の上を、私達を乗せた馬車が走り続けている。殿下のお屋敷を発った時より雨脚が強いせいもあって、馬車は何度も停まってばかりだ。

 車窓の縁に腕を預けて、流れの緩い景色をただながめている。


「はっー」


 暇を持て余すようなため息をつくたび、

「ごほっ」

 向かい側から咳がこぼれた。


 ええ。分かっていますわ。今の私の態度、はしたないくらい。


 ああ、『都合のいい女』の扱いならば、一層のこと『白い結婚』をつらぬこうかしら。


 ため息と咳払いが、幾度となく交差する。それでも馬車は歩みがのろいなりにも、目的地に到着した。

 記憶と寸分違わない、ウィンクス侯爵家邸にね。


「お待ちしておりました。妃殿下」


 髪の白さを増した執事が、私に首を垂れて挨拶する。みんな年を経たけど、昔なじみの面々が私達を出迎えてくれた。


 後のことはトレーシーに任せるとして、懐かしい我が家に向かって歩き出す。

 エントランスから大階段、絨毯の模様に至るまで、私の記憶と寸分たりとも違わない。

 感慨にふけて周囲を見渡す私の耳に、

「お帰りなさい。お姉さま」

 元気にあふれた声が届いた。


「ルイス? 大きくなったわね」


 駆け寄る弟を抱き寄せて、クセのある黒髪を撫でてあげる。

 近づく足音に前を向けば、

「よく、御戻りになりましたわね。アナベル」

 育ての母が佇んでいた。


「お義母さま。お久しぶりにございますわ」


 ありきたりな挨拶を交わして、私達は回廊を歩き出した。


 今回の里帰りは一応、『弟へのお見舞い』を名分としている。私にまとわりつく、このやんちゃ坊主が寝つくなんて滅多にないけど。


 そこは、方便ってことでいいわよね。

 私の意図を理解して下さるのか、義母は何も言わずに受け入れてくれた。


「お父さまは王宮よね」

「ええ。でも、晩餐の前までには戻られる予定よ」


 血のつながりなんて、本当にあるのかなと。こっちが疑いたくなるほど、親子の触れ合いがない。


 そんな父への苦手意識が、ちくりと疼き出す。私は不安をふり払おうと、弟の肩を抱き寄せた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ