やっぱり、勘違いだったのね。
小さな三つの薔薇の印章は、王家の女性のみ使用出来るもの。
ええと。封を開けたくても、手持ち無沙汰じゃどうにもならない。伸ばした手を引っ込めて、照れ隠しに笑うしかなかった。
そんな私の挙動を目の当たりにして、
「貸してごらん」
殿下から声をかけて下さる。
テライケメンって、何をやっても絵になるわ。彼の手により封蝋が、サクサクと解かれていく。
殿下のお手を煩わせるなんて、許されるべきではないけど。事態は急を要するから仕方ないわね。
おこがましく思いながらも、私は差し出された手紙を受け止めた。
本来、上位貴族は公文書から私信に至るまで、『公式代筆人』が体裁を整える。
私達姉妹はお互いの誕生日に限り、直筆のメッセージカードを贈り合っていた。だから、最初の一文字を見ただけで、この手紙の書き手が誰かを瞬時に判断出来た。
筆跡は見まごうことなく、お姉さまの手によるものよ。
「でも、意味が分かりません」
「そうか」
カツンと響く音が耳に入らないほど、私は食い入るように手紙を読み直した。
侯爵家の正当な娘が私だけって、つまり、これが『バグ』の原因なのかしら?
テーブルに手紙を置く私の面前で、
「君は『母親』をどう思っている」
殿下が質問を投げかける。
「あの、セシルお義母さまは何も関係ないと思いますが」
「生みの母親の方だよ」
突然のことに、私は何も答えることが出来ない。
前世の意識がウエートを占める中で、『アナベル・ウィンクス』のプロフィールを思い起こす。
嫌、正しくは『星ラス』の公式ガイドブックの記録と、アナベルとしての記憶を比較してからのアプローチになるかな。
確かこちらでも前世と同様、父と母は体面を優先させた婚姻関係だった。
お姉さまが五歳で王太子妃に選定されて、お妃教育を名目に王宮入りする一方で、二歳違いの私は父方祖父母の元に引き取られた。
公式設定とアナベルの記憶を基に、ザックリ説明するとこんな感じね。
だから、私には父以上に実母と触れ合った記憶が全く存在しない。
そうなると、お姉さまの手紙の意味が示すもの。これ、ヤバくない。ヤバいよね。
「あの、申し訳ありませんが」
「どうした」
思い立ったら、何でも質問しないと気がすまない。我ながら、面倒な性格だと思う。
でも、殿下の立場を悪くする訳にはいかなくてよ。
人目を気にする余り、私は喉まで出かかった言葉を抑え込む。
「そうだね」
「あの」
私のつぶやきと同時に、殿下が腕を上げる。
主の仕草からメイド達は、何かを悟ったのだろう。礼を取るとすぐ、彼女達は部屋を出て行った。
扉が閉じたタイミングを見計らい、
「不義の血を王家に入れて、不都合はないのでしょうか」
私は小声で問いかけた。
「私はアナベルを疑ってはいない。ただ、この国がフロワサール伯領を維持するためには、どうしても君の助力が必要なのだ」
殿下の答えを聞いて、私は納得するしかない。
そりゃそうだ。こんなモブに恋愛感情を抱くなんて、あり得ないわよね。
殿下の熱い眼差しから逃れたくて、私はわざとらしく瞳を閉ざした。