よみがえる記憶とほのかな恋心。
どれくらいかな。私ったら、暗闇の中を漂っている。アルコールの匂いが、前ぶれもなく鼻をつく。
突然の息苦しさに、pipipipiとけたたましい音がした。
「ぼやぼやするなっ」
「はい。先生」
視線の先では、怒声が飛び交う。どう言うことなのか、私はあの瞬間に戻されていた。
そう、自らの臨終場面にね。
モニターのアラーム音が鳴り止まない病室。当直の先生と夜勤の看護師さんが、慌ただしく動いている。
虫の息の私は、スマフォを求めて動かない指に力を込めた。
「大丈夫。しっかりするのよ」
食欲不振から病院食を残すたびに、愚痴をこぼす若い主任さん。一刻を争う最中なのに、彼女が私の手にスマフォを握らせてくれた。
「は……」
切れ切れの息ながら、私は感謝の言葉を述べようとする。でも、上手くいかなくてもどかしさがつのるばかり。
「親御さんはまだなのか」
「電話がつながりません」
自分の快楽優先主義の両親らしいな。そんなことを考えながら、私の意識は徐々に色褪せていく。
世間体を気にした男と女が、結婚した果てに出来た子供。それが前世での私だった。
もしも、リアルで『ざまあ』が存在するのなら。誰でもいいからアイツらに対して、罰を与えてくれないかな。
その思いを抱えながら、私は『あの世』へと旅立った。
「はっ、イヤな記憶……また、赤い天井だ」
前世で流行ったアニメの台詞を、思わずつぶやいちゃった。あんな惨めな最期を、夢で追体験するなんて。
褥の中でもだえる私は、体を伸ばしながらため息をついた。
部屋の中はおぼろげだけど、帳の色が分からなくもない。
もう、朝を迎えているだろうけど、あと少しだけ、ここでもそもそしたいな。
しかし、私のささやかな願望を打ち砕くように、
「おはよう。アナベル」
弾むような男性の声が聞こえた。
「おは……」
思わず飛び起きた先に、濃いシルエットが浮かんでいる。帳に映える相手の体格から、導かれる答えに唖然となる。
どうして、ここにいるざんスか? 英雄殿下さんよ。
私のツッコミを知るよしもない相手は、
「朝の紅茶だ」
その声と同時に、シルエットはメイドと入れ替わった。
「淑女を前に、無礼を働いてすまない」
髪も身支度もままならない状態で、私は寝室の隅にある椅子に腰をつける。対面に座した相手は、先んじて手に取るカップに口をつけていた。
「実は君に渡したいものがあってね」
封蝋を施された手紙を、殿下はコートの胸ポケットから取り出す。彼と私を隔てるテーブルの上に、それは音もなく置かれた。
「あの……」
「ロクサーヌ嬢から君宛に預かったものだ」
その言葉に私は、テーブルの方に手を伸ばす。上目遣いの先で殿下は、ほんのりと笑っておいでだ。
相手の優美な所作に、私の胸が心なしか高鳴る。
期待していけないのに。
私は殿下への恋心を、抑えることなど出来なかった。