不遇の真ん中令嬢は、お妃教育にめげることなく邁進しております。
教会暦から吉日を選び、殿下と私は王宮に居を定める。その一方で国王陛下は、療養を口実にサウスミンスター公爵邸へと移られた。
この時、陛下は幾分か気力を取り戻していたと聞きおよんでいる。多分、私だけではなく殿下も、安堵の息をついたに違いない。
それから、数日も経ていない昼下がり。王妃の居室でのこと。
「こちらが現在、我が王国内で使用可能な通貨にございます」
テーブル上に並ぶ金銀の財貨を、私は食い入るように眺めた。
王宮入りして日を開けずに、課せられたお妃教育。覚悟はしていたけど、想像以上の厳しさに気が滅入りそう。
私、へこたれたりしないわ。殿下の名誉のためにも、絶対にコンプリートしてみせるから。
この日の課題は、貨幣の種類や両替比率などについて。
「こちらが、教会鋳造の金貨ですよね」
「左様にございます」
黄金の含有割合によって、貨幣価値は全く違う。眼鏡を鼻に乗せた初老のこの方が、本日の講義の教授役ね。
私の掌の上で、女神像を印した金貨が輝きを放つ。こんなに小さくてかわいい金貨が、歴代の国王像の貨幣よりも価値が高いなんて。
「妃殿下」
教授の咳払いに促されるがまま、私は金貨をケース上に戻した。
「こちらの両替比率を、お忘れなきように」
目の前で手帳ほどの冊子が、教授からトレーシーへと渡される。
「こちらの時禱書の裏面に、その旨が記載されております」
「お心遣い、確かに承りました」
ううっ、何だか物覚えの悪さを指摘されたみたい。私を見るトレーシーの視線が、それを物語っている。
「それと、妃殿下も一度、バザーに赴かれた方がよろしいかと思いますが」
「まあ、バザーにございますね」
教授からの提案を受けて、私は喜びの声を上げる。
ただ、隣に控えるトレーシーだけが、
「家令にも、そのように伝えます」
差し障りない答えをつむいだ。
窓の外は、あいにくの雲行き。今日は大人しく復習に専念するしかないか。
教授が出た頃合いを見計らい、
「バザーで何か、欲しい物はあるの」
通りすがりの侍女に質問を投げかけた。
「妃殿下。くれぐれも、食べ歩きだけはご勘弁を」
すかさず入るトレーシーの忠告に、私は項垂れるしかない。目的を看破されるなんて。恥ずかしいわ。
「よろしいでございますか」
新参の侍女による控え目な礼の後、
「私の祖母が、フロワサールの出にございますれば……」
彼女は堂々と口上を述べる。
予想だにしていない展開に、
「まあ」
他の侍女達の反応は冷ややかだ。
「静かに」
周囲の意を含む感嘆を、トレーシーがやんわりと制する。
みなが黙り込むタイミングで、
「続けて」
私は話を催促した。
「かの地はサテン織物が有名にございます」
なるほど、そう来たのね。
お忍びでの買い物となると、コサージュ用途に端切れを求める程度なら大丈夫かしら。
何よりも、フロワサールの世上を把握する。これだって、大事なお務めよね。
思い立ったが吉日とばかり、私は買い物の段取りを命じた。