幕間 英雄殿下はご多分にもれず、非常に腹黒いお方です。
見た目のさわやかさに反して、レオナルド殿下の心根はドス黒いです。
そんなお話になります。
この季節には珍しく、朝から雨が降り続く。
王宮から北へ向かう街道の途中に、『聖ベネディクト騎士団』の本営がある。私は今、二階中央の執務室で決裁に勤しんでいた。
「兄上も早々に、覚悟を決めて欲しいものだ」
署名に使うペンを投げ出して、私はゆっくりと両腕を伸ばす。雨垂れに気を取られてしまい、執務が思うようにはかどらなかった
『例え不出来であろうと、男親は息子がかわいいのだよ』
どこからともなく、忌まわしい幻聴が私の脳裏によみがえる。今は亡き奸臣が、薄ら笑いを浮かべて吐いた台詞だ。
「そんなこと、あってたまるものか」
過去を否定したいが故に、私は無意識のうちに毒づいた。
『ダンジョン追放』と『決闘裁判』、どの道あの男に逃げ道を与えるつもりはない。
「あれを使うには……」
喉まで出かかる言葉を、無理やり腹の底へ押し込む。私がロングウッド伯爵の孫として、生かされた私は種々の悪事に手を染めていた。騎士団の暗部を率いたやましさから、愛するアナベルを遠ざける他なかった。
挙げ句の果てに、あのような形で失うはめに……。
本当の身分を回復した今世では、絶対に間違いなど犯したりはしない。
「何かないのか」
虚しいため息しか出ないな。
そんな状態で悩んでいると、
「失礼致します。殿下」
慇懃な挨拶が私の耳に飛び込む。
正面の扉の方から、副団長のジョナサンが現われた。
「例の物をお渡ししてもよろしいでしょうか」
「例? ああ、先日、頼んだあれだな」
首をすくめて周囲を伺う仕草に、私は苦笑いを浮かべてしまう。大柄な体格とはうらはなに、繊細な質の持ち主らしい。
「何だ。これは……」
「不都合でもございましたか」
「演目が『心中』だらけではないか」
「弟が申すところによると、今は悲恋物が流行っているみたいですよ」
ジョナサンの年の離れた弟は、王立芸術院の特待生だ。それを見込んで、オペラの流行を探ったのだが、依頼する相手を間違えたかもしれない。
せっかく、アナベルとの甘い一時を計画していたのに。全く、台無しではないか。
半ば呆れ気味にリストをめくるうちに、
「『泡沫の密事に溺れて』……」
私は意図せず、題目を口ずさむ。
あらすじに目を通した瞬間、私の脳裏に妙案が浮かぶ。これを上手く使えばと、私は無意識に笑みを浮かべた。
「如何されましたか」
「ただちに、暗部に召集をかけたまえ」
オペラの人気演目になぞらえて、邪魔な二人を心中に見せかけて始末する。
「ふっ」
柄にもなく、私の口から薄ら笑いがこぼれた。
それから一週間の後、二人の非業の死が市井のゴシップ紙にさらされる。後顧の憂いは、早く取り除くに越したことはないな。
さて、私の愛しい人は、この吉報をどう受け止めてくれるかな。
今から楽しみだよ。