涙の邂逅。
車の扉が開いた先では、王宮に施された化粧石が輝きを放つ。あまりにも美しい姿に、私はうっとりと見入っていた。
「アナベル。私を見てくれないか」
「失礼しました」
先んじて地上に立った殿下が、私の頭上で意地悪な台詞を落とす。気を取り直した私は、殿下の手を借りてゆっくりと足を降ろした。
久しぶりの登城だけど、いつ見ても圧巻の一言に尽きるわ。
そして、見れば見るほど『シェーンブル宮殿』風よね。殿下に誘われながら、真っ白な階段を登り切る。
衛兵達の敬礼におののきつつも、私は前を向いて歩き続けた。
エントランスホールを曲がれば、豪奢な造りの回廊が現れる。柔らかな絨毯の上を歩きながら、私の脳裏に前世でのビジョンがよみがえった。
そう、『ヴェルサイユ宮殿』の鏡の間に似ているわ。
某探偵アニメ的に例えるならば、見た目は『シェーンブル』、中身は『ヴェルサイユ』って感じなのよ。こんな妄想、殿下には知られたくわないけどね。
「妃殿下は、こちらへどうぞ」
途中で殿下から離れた私は、王家に仕える家令の勧めで控えの間の方に案内される。古い絵画が壁を覆う小部屋には、丸いテーブルと革張り椅子。
奥に黒いベールの貴婦人だけがいる。喪服姿のこの女性だけど、どこかで見たような気が……?
「ごきげんよう。妃殿下」
穏やかな言葉で、席を勧められたのはいいのだけど。どこのどなたなのか、全く分からないわ。
私ったら何たる失態なの。いけないじゃない。
黙って席につく私に向けて、
「殿方のおしゃべりは長いから、ここでボードゲームを楽しみましょう」
テーブルの上にある小箱を開けた。
「あの」
「賭けごとはご法度ね。でも、ゲームを楽しむことは別よ」
黒いレースの手袋が、テーブルの上をさまよう。美しい所作に惹かれるように、私はゲームの駒を握った。
ふいに、壁時計の鐘が高鳴る。そこに気を取られているうちに、またしても一本、相手に取られてしまった。駆け引きが苦手だからなのか、どうしてもゲームに勝てない。
五本勝負のうち、一つしか取れないなんて。これが賭博なら今頃、私は身ぐるみはがされているわ。
「貴女。生真面目一辺倒なところ、本当にジョージにそっくりだわ」
ご婦人からついて出た言葉に、
「父をご存知ですか」
質問をぶつける。
「セシルとは学友だったの。そこからの縁ね」
なるほどね。義母が伯爵令嬢だった頃、教養サロンの花形だったと聞いている。
その頃からの繋がりなら、父を知っていても当然よね。
「さて、今日はこれでお終い。そろそろ出立の時間なの」
小箱に駒を戻すと、彼女はおもむろに立ち上がる。私の横を通り過ぎた時、何故か懐かしい香水の匂いが鼻をかすめた。
「あの……お名前を、教えて下さいませんか」
しどろもどろな、私の問いにご婦人の肩が震え出す。扉の手前まで進んだご婦人が、ゆっくりと振り返った。
「パメラ・ミシュリフ。旧姓はフロワサール」
「フロワ……」
うそ。見上げた途端、ご婦人は扉の先に飲み込まれて行く。あのご婦人が私のお母さまだなんて。
こそばゆい何かが、私の心の中でうねりと化す。そんな思いとともに、一筋の涙がこぼれ落ちた。