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そのヲチはありなの?

 陶器の置き時計が、可愛い音を奏でる。かなり時間は過ぎたけど就寝の刻限まで余裕はあるわよね。

 久しぶりの一人きりの時間だわ。トレーシーが止めに入るまでの間、私は黙々と本を読み進めた。


 この本もご多分にもれず、トリスタニア王国の文字で記されている。それでも、前世の意識下の私に合わせいるのかな。目の前の文字は明らかに、日本語で記されていた。


 自動翻訳もアリな不思議チートのお陰で、今のところ日常生活にも不自由はない。


 秒針の音を遮るように、扉の開く音が聞こえる。

 さして気にもとめずに読みふけっていると、前ぶれもなく、私の眼下に影がさした。


「その本、楽しいのかい」

 

 頭上でさざめくイケボに、私は思わず顔を上げる。


「殿下?」


 いつの間に、お帰りあそばされたの。それ以前に、お出迎えをすっぽかすなんて恥ずかしいわ。

 あたふたと、本を閉ざそうとする私の前で、

「今日は大変だっただろう。ゆっくりして構わないよ」

 殿下は優しく声をかけて下さった。


 あらいけない、殿下自ら椅子をお持ちになるなんて。大失態もいいところ。

 失敗を悔やんで、私は項垂れてしまう。

「気にしなくていいから」

 にこやかにふる舞う殿下に応えたくて、

「お茶をご用意させましょうか」

 私は呼び鈴に手を伸ばす。


「今はこうして、君と二人きりでいたいな」

「へ?」


 呼び鈴を押すか否か。逡巡する私の前で、殿下が優美に微笑む。

 私は殿下のお言葉に甘えて、伸ばした手を引っ込めた。


 部屋で二人きり、まったりと時間を分かち合う。甘い雰囲気をかもし出せるような、淑女ではなくてごめんなさいだけど。


 ぎこちない手つきで、ページをめくる側で、

「勉学を中座させて悪いが、あの話は無しになったよ」

 殿下から先に口火を切った。


 はいはい。左様にございますか。上目遣いの先には、殿下のまばゆいばかりの美貌が……。

 でも、それって『ダンジョン追放』ОR『決闘裁判』のどちらだろう。

 私から一言も発せずにいれば、殿下がおもむろにまぶたを閉ざす。 


「実はあの二人、無理心中を遂げてしまったよ」


 意外な言葉が、彼の口からもたらされる。今、とてつもないパワーワードを耳にしたような。

 終着点が全く見えなくて、私は何も答えることが出来ない。


「驚くのも無理ないか」


 ええと、これって『異世界版マイヤーリンクの悲劇』ってヲチなの? 斜め上の展開に今の私は、豆鉄砲を食らった鳩みたいだろうか。


「あの。お袖はいらないのでしょうか」


 やっとの思いでつむいだ言葉に、

「ハハハハハ。それで、その本を読んでいたのか」

 殿下が声を上げて笑う。


 ぞわっと背筋がこわばるのも、気のせいではないわよね。それ以前に、笑うべきではないのでは? 


 うん。かような物言いだけど、私に出来るはず……なかったわ。

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