若人らの活躍を祈りながら。
『決闘裁判』について、殿下からのお達しは全くない。おこがましくも、馬鹿太子への『ダンジョン追放』を望んだためなのだろうか。
故に、私は口を閉ざすしかなかった。
そこから離れて、私は順々に席を廻る。他のご夫人方へのあいさつに伺うたび、『決闘裁判』の話題をふられ通しに。
何で、こうなったのか。誰か教えてよ。
挙句の果てには、
「妃殿下は『袖』をご用意されますの」
さるご夫人が私に問いかけた。
新手のパワーワードに、ぐうの音すら出ない。『袖』とは、如何なる存在なのか。
答えあぐねながら、愛想よくふる舞う私の側で、
「今の若い方はご存知ないでしょうけど、愛する殿方の勝利を祈り、袖を贈る習わしですわよ」
したり顔のロブソン伯爵夫人がささやいた。
前時代的な風習を押しつけられても困るわ。ひとまずここは堪えて、相手の話に合わせるのみね。
時を告げる鐘の音も止んだ頃、
「妃殿下には『騎士道物語』の一読を、私からお勧め致しますぞ」
芸術院の教授が口を開いた。
「『騎士道物語』にございますか」
「左様、『袖』を贈る風習の由来も、記載されていたはずでしたな」
ご夫人方の様子からしても、教授のアドバイスは役に立ちそうね。当家の書庫に収蔵されているのか、後であの執事に聞いてみよう。
差し障りのない話の後は、お待ちかねのティータイムよ。
給仕役が並べた料理を前に、
「ビスケットの上に、チーズとピクルスを乗せるなんて」
感嘆の声がもれ伝う。
「今度、当家のお茶会でも用意させますわね」
おおむねの評価を得て、私はそっと胸をなでおろした。
招待客の年齢層を考慮して、甘いお菓子よりも塩味の濃いお茶請けを優先させて正解だったわ。ちなみに、若い特待生のお二人には、相応のお菓子を用意しているわよ。
この料理だけど、前世で見たテレビコマーシャルのパクリ。ではなくて、本歌取りと表現するべきか。これだけは、口が裂けても言えやしないけど。
こうして、初めてのお茶会は、何とか無事に乗り切ることが出来た。
「貴方たちの未来が、幸福に恵まれるよう祈りますわ」
私のありきたりな労いを受けて、特待生の二人がぼ同時に微笑む。
「辻馬車の停留場まで、荷運びを手伝って差し上げて」
私の申し出に、彼らは戸惑いを隠し切れない。
そんな様子から私は、
「音楽家にとって、手は何よりも大事でしょ」
さりげなく伝えた。
「ありがとうございます」
音楽家の持ち込む手荷物は、想像よりも多い。細かい采配は執事に任せるとして、彼らを守るのも私達の役目よね。
「こちらへ」
「分かりました」
エントランスから、若い二人の背中を見送る。これで、今日のお茶会は本当の終わり。意外にも、しんみりするのね。
外から吹き込む風に、身震いは止まらない。でも、それは思いのほか心地よかった。