お茶会は、想像よりも大変。
一度は延期したお茶会だけど、無事に当日を迎えた。サウスミンスター公爵家では身分の上下なく、みながあわただしく働いている。
みなさんのご想像通り、トレーシーのおかげね。
私はと言うと、ドレスアップもそこそこに、招待客リストとメニュー表をじっくりと読み込む。
にわかに、エントランスから届く、さざめくような声。執事が読み上げる家名に合わせて、私は前だけを見据えた。
サロンではお茶会のために、ピアノとチェロが静かなメロディーを奏で始める。
この雰囲気。何だか、サン=サーンスの白鳥を思い出すわね。
煌めくシャンデリアの下で、私はあいさつ回りでてんてこ舞い。でも、殿下の顔に泥を塗る訳にはいかないから、そこは耐えてみせるわ。
「お目にかかれて光栄ですわ。妃殿下」
「私もです」
今、私の目の前にいらっしゃるのは、ロブソン伯爵夫人。芸術家の庇護者としては、王国で一番の有力者ね。
夫人は歓談を中座して、
「王立芸術院の特待生だけあるわ」
静かな声でささやく。
「そのようでございますわね」
私の相槌に、夫人は随分と満足のご様子だ。
それにしても、音楽に造詣の深いロブソン伯爵夫人の耳を唸らせるなんて。サウスミンスター公爵家の人脈。侮ることなかれだわ。
絶妙なタイミングで、王立芸術院の教授がこちらへとやって来る。
ここは、年長の夫人の肩を持つべき。私は終始、笑みを絶やさず二人の歓談を見守った。
人脈作りに徹すると同時に、家門に有利な情報を収集する。これが、奥方として大事な務めなのよ。
「シャンティ子爵家では、あの後妻を追い出すそうで」
「士官学校や王立法務院を敵に回せば、そうなりますわね」
伯爵夫人とあろうお方が、その手合いの話もなさるのね。子爵家の名前、聞き覚えがあるような。
「今回の醜聞で、芸術院の学生らは何もなかったと聞いていますわ。さすが教授の指導の賜物ですわね」
貴婦人の高笑いに、教授もまんざらではないのね。大人の駆け引きを見守りつつ、私は聞き役に徹した。
そう言えば、『星ラス』の『ピンク髪ヒロイン』の名前が、『ララ・シャンティ』だったはず。
高級娼婦が産み落とした父親の分からない娘。母親が顧客に身請けされた際、相手の養女になった設定だったかな?
「『魅了』の発現者を子爵家に入れるなんて」
「あるまじき行為ですな」
二人の会話から判断すれば、持てる知識と現実が乖離している。さらに、彼らの口から驚くべきことがついて出た。
『決闘裁判』って、いつの時代の話になるのよ? そんな。殿下と馬鹿太子が代理人を立てて行う? 私、全く聞いてないわ。
「あの……」
しどろもどろな私の質問に対して、
「大丈夫よ。殿方はいつの時代も、好いた令嬢のために戦うのですから」
ロブソン伯爵夫人が耳打ちする。
彼女の独特な高笑いの側で、私は身動きすら出来ない。
ネットのロマンス小説の『中世ヨーロッパ風』は、どちらかと言えば、近世から近代風がデフォなのに。
うーん。どうしてだろう。
こちらの動揺を悟られまいと、私は笑顔だけを心がけた。